

昇進を拒む時代、企業の新たな役割とは
かつて昇進は社会人にとって当然の目標であり、成功の象徴とされてきた。しかし近年、昇進を拒む人が増えている。責任の増加に見合わない報酬、ワークライフバランスの悪化、精神的負担の増大といった要因が、多くの労働者に「昇進は本当に得なのか?」と考えさせるようになった。
この変化を単に「責任を避ける人が増えた」と捉えるのは短絡的だ。むしろ、現代の労働者は「報酬に見合わない責任は負いたくない」という合理的な判断をしている。従来の日本企業では、管理職になると仕事量が増え、長時間労働やストレスが伴うにもかかわらず、給与の上昇幅が限定的な場合が多い。さらに、管理職になることで残業代が支給されなくなり、「時給換算するとむしろ損をする」というケースも少なくない。そのため、「昇進するくらいなら、今のポジションのまま転職したほうがよい」という考えが広まっているのは当然とも言える。
こうした背景の中で、労働者のキャリア観はより明確に分かれてきたと考えられる。かつては「昇進こそが成功」とされていたが、現在は「自分に合った働き方こそが成功」という考え方が浸透しつつある。その結果、労働者の志向は大きく3つの層に分かれている。
- アスリート型(市場価値を高め、より良い条件の環境へ移る層)
- 高い報酬と責任を求め、社内昇進より転職を重視
- 成果を適正に評価してくれる企業を求め、グローバルな視点でキャリアを形成
- 企業の内部昇進より、市場価値の向上を優先
- ワークライフバランス型(安定した生活を優先し、無理な昇進を避ける層)
- 長時間労働や過度な責任を負いたくない
- 収入よりも自由な時間や健康を重視
- 無理な昇進をするより、今のポジションで安定した生活を維持
- 専門職型(管理職にならず、スキルや専門性を深めたい層)
- 組織のマネジメントよりも、自身の技術や専門知識の向上を優先
- 管理職にならなくても評価される仕組みを求める
- 昇進ではなく、スキル向上やプロジェクトリーダーとしての活躍を重視
このように、労働者の志向が多様化しているにもかかわらず、多くの日本企業は依然として「昇進=成功」という一律のモデルを前提にしている。だが、これでは労働者の本質的なニーズを満たせず、優秀な人材が社内で昇進せずに転職してしまうという問題が発生する。
この流れを変えるために、企業が果たすべき役割も変わってきている。従来のように「全員を昇進させる仕組み」を押し付けるのではなく、「それぞれに最適なキャリアを提供する仕組み」を整えることが求められている。具体的には、次のような対策が考えられる。
- 報酬と責任のバランスを適切に設計する
- 昇進による給与アップを明確にし、責任に見合う報酬体系を確立
- 残業代がなくなることで「時給換算すると損をする」現象を防ぐ
- 柔軟な勤務体系を提供する
- ワークライフバランスを重視する人向けに、フレックス勤務や時短勤務の導入
- 責任を限定した役職を設け、無理なくキャリアを継続できる環境を整備
- 管理職以外の評価・報酬制度を強化する
- 昇進しなくても専門性を高めた人が適正な評価を受けられる仕組み
- プロジェクトリーダー制の導入により、管理職にならずに影響力を持てる環境を作る
- シンプルな運用を心がける
- 制度が複雑になりすぎると、現場が混乱し、形骸化するリスクがある
- 「どの層に属するか」を社員が簡単に選べる仕組みを作ることで、適材適所を実現
このような仕組みを整えることで、企業は労働者の多様なニーズに対応できるようになる。
最も重要なのは、社員のキャリア選択がより合理的になったという現実を企業が受け入れることだ。かつてのように「昇進を拒む=意欲が低い」という固定観念では、もはや人材をつなぎ止めることはできない。むしろ、企業が「社員に合わせて進化する」ことで、優秀な人材が長く働き続けられる環境を作ることができる。
昇進を拒む人が増えているという事実は、「社員の意欲が低下している」という話ではなく、「社員がより合理的にキャリアを選択する時代になった」ということを意味している。企業がこの変化に適応し、選ばれる存在になれるかどうかは、どれだけシンプルに多様なキャリアを支えられるかにかかっている。
「昇進を断る」従業員が増加中、その影響と会社が取るべき対策 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)