「おもてなし」と調和の再定義──企業が果たすべき新たな役割(2025.3.10)

「おもてなし」と調和の再定義──企業が果たすべき新たな役割

「おもてなし」という言葉は、世界に誇る日本のサービス文化の象徴ですが、その本来の意味が時に誤解されている場面は少なくありません。本来、「おもてなし」とはホストとゲストが互いに敬意を払い、調和の取れた空間と時間を共有することを指すものであり、決してゲストが一方的に優越感を得るためのものではありません。

ところが、長年日本では「お客様は神様です」という言葉が独り歩きし、顧客があたかも絶対的な存在であるかのような風潮が生まれました。この考え方は、現場で働く従業員に対して過剰な負担を強いる原因となり、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化する土壌を作ったと言えるでしょう。


■ これまでの日本型サービスの限界

かつての日本型サービスは、いわば「現場力」に依存していました。つまり、どんな理不尽な顧客であっても、個人のスキルや判断力、時には我慢強さでさばくことが当然とされ、それが「評価ポイント」になっていたのです。この文化は一見、美徳のように思われがちですが、実際にはサービス提供側の人間性や尊厳が軽んじられ、精神的負担や離職の原因となっていました。

さらに、国内のみを対象とした商慣習の中では通用していたルールも、グローバル化やインバウンド客の増加により、その限界が明らかになっています。価値観も多様化し、サービスに対する考え方やマナーは千差万別です。もはや「従業員一人ひとりの力量」で対応できる範囲は超えており、個人に全てを背負わせる運営は時代遅れになっています。


■ 企業は「おもてなしのプロデューサー」であるべき

これからの時代、企業は単なる「サービス提供者」ではなく、「おもてなしのプロデューサー」としての自覚を持つことが求められます。その役割は、以下のようなものです。

  • ホスト(従業員)の安全と尊厳を守る
    • 心理的・身体的な安全を確保しなければ、質の高いサービスは提供できません。
  • ゲストとの適切な関係性を築くルールを整備する
    • 理不尽な要求や暴言には毅然とした態度を取るためのガイドラインやマニュアルが不可欠です。
  • 現場の判断を全社的にサポートする仕組みを作る
    • 一人の従業員に判断を任せるのではなく、チームや管理職が即座にフォローする体制を確立すること。
  • 企業としてのスタンスを明文化し、内外に発信する
    • 「カスハラは許さない」という方針を社内規則や広報で明確に打ち出し、従業員が安心してNOと言える根拠とする。

■ 法的に企業は「従業員を守る義務」がある

企業が従業員をカスハラから守ることは「倫理的責任」や「企業理念」の範囲にとどまりません。
法律上の義務 として明確に定められています。
代表的な根拠は以下の通りです。

✅ 労働契約法第5条(安全配慮義務)

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければならない。」

これは、職場内だけでなく顧客や第三者からの暴言・暴力・不当な要求による心理的被害についても、会社が未然に防止し、適切に対応する義務があることを意味します。

✅ 労働安全衛生法(労働者の健康保持・増進義務)

企業は、従業員のメンタルヘルスを守るための体制を整備することが求められています。カスハラによって精神的苦痛を受けた場合、それを放置することはこの法に反する可能性があります。

✅ パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)

この法律は、2022年から中小企業にも義務化され、パワーハラスメントのみならず、顧客など第三者からのハラスメントにも企業が適切に対応することが求められています。
厚生労働省のガイドラインでも、カスハラは「パワハラに準じる深刻な問題」と位置づけられています。


■ カスハラ対策は「従業員ファースト」から始まる

南国交通や鹿児島市交通局が打ち出したカスハラ防止策は、その象徴的な例と言えます。これまで日本では、こうした方針を示す企業は決して多くはありませんでした。しかし、実際に毅然とした姿勢を見せた企業には、以下のような効果が生まれています。

  • 従業員が安心して職務に専念できる
  • 理不尽なクレームや暴言が減少する
  • 結果としてサービス品質が向上し、顧客満足度も安定する
  • 社内の離職率が改善し、持続的なサービス提供が可能となる

企業が従業員を守る姿勢を明確にすればするほど、ゲスト側にも「この会社では無理は通らない」という認識が根づき、抑止力が働くようになります。


■ おもてなしの「調和」はホストとゲストの協力関係から生まれる

「おもてなし」とは、決してホストが一方的にゲストに尽くす行為ではありません。それは 「協力関係」 によって完成されるものです。

  • ホストは心地よいサービスを提供するための努力をする
  • ゲストはホストの努力に敬意を払い、ルールやマナーを守る

この 対等な関係性 があってこそ、調和は生まれます。おもてなしは「主従関係」ではなく、「共創関係」です。


■ 結論

「おもてなしの再定義」が必要な時代になりました。
企業は「ホストとゲストの調和をプロデュースする存在」として、従業員と顧客の双方が心地よくいられる環境を整える責任があります。
そして、それは法的な義務であり、企業の社会的責任です。
これまでの「顧客優先」一辺倒のサービスから脱却し、「働く人を守る」ことが結果的にサービスの質を高めるという認識を広げていくことが、これからの企業の使命と言えるでしょう。

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