人事にこそ手間、暇、金をかけよ|アイリスオーヤマ人事に学ぶ(2025.9.10)

1. 社員の不満は待遇に直結する「評価」から生まれる

日本企業が直面する最大の課題の一つは、人事評価への不信感である。社員の不満は待遇に直結する「評価」から生まれる。評価と待遇がリンクしていなければ、どれほど魅力的な事業を展開しても、人材は定着しない。逆に、待遇が納得できる形で結びついていれば、たとえ厳しい労働環境であっても人は働き続ける。

このシンプルな真理を、20年以上前から実践しているのがアイリスオーヤマだ。同社は360度評価制度を全社員に導入し、徹底的に「手間」をかけてきた。制度が文化にまで昇華した今、私たちはそこから何を学ぶべきだろうか。本稿では、アイリスオーヤマの事例を手がかりに、日本企業が人事とどう向き合うべきかを考えていく。

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2. アイリスオーヤマの360度評価──手間の積み重ねが文化をつくる

アイリスオーヤマの360度評価は、単なる制度設計ではなく「人事に労力を惜しまない」という経営姿勢そのものだ。

  • 全社員対象:社長や役員を含め、すべての社員が評価される。
  • 三方向からの評価:上司、同僚・他部署、部下という三つの立場から評価を受ける。
  • 評価者の数:最低15人、多い場合は30人に及ぶ。
  • フィードバックの徹底:評価結果はレーダーチャート化され、自己評価との差異が明確化される。

さらに特徴的なのは「イエローカード制度」だ。下位評価の社員に「烙印」を押すのではなく、「気づきのカード」として再チャレンジを促す。人を排除するのではなく、育成のきっかけとする姿勢が徹底されている。

また、昇格には課題論文とプレゼンテーションが課される。毎年900人が論文を提出し、200人がプレゼンに進む。直属の上司だけでなく、他部署責任者や社長が審査に加わり、偏りを排除している。これにより「公正性」が担保され、社員の納得感につながっているのだ。

半年に一度の「評価会グランプリ」も象徴的だ。成果を発表し合い、全社に配信することで、評価を共有財産として文化に昇華させている。単なる数字や査定ではなく、「会社が人を見ている」というメッセージが日常的に社員に伝わる仕組みがあるのだ。


3. 日本企業の人事評価が抱える構造的問題

なぜ多くの日本企業は、こうした「手間をかける人事」を導入できないのか。その背景には歴史的な構造がある。

年功序列の残存

勤続年数が昇進・昇給に直結し、評価は形骸化している。優れた人材を公正に評価する仕組みを阻む最大の要因だ。高度経済成長期から継続している仕様が、「人を評価する」人事能力の向上を阻害してきた。

人事部門の位置づけの低さ

日本の多くの企業では、人事は「総務の延長」として扱われる。給与計算や労務管理が主業務であり、戦略的役割を担う部門として認識されていない。結果として、経営と人事が切り離され、評価制度の改善に本気で取り組めない。

バブル崩壊後のコスト意識

1990年代以降、人事は「人件費削減」と同義になった。人を育てるどころか、誰を削るかを決める部門へと変質した。評価は成長のためではなく、リストラの口実として使われたのだ。

効率至上主義・短期志向

四半期業績や株価を優先する経営のもと、人事評価は「手間をかける余地のない業務」として切り捨てられた。丁寧な評価は非効率と見なされ、制度は簡素化されていった。

これらの要因が積み重なり、日本企業の人事は「管理部門」に押し込められ、戦略性を失った。


4. 欧米企業の視点──人事は経営の中核

一方で、欧米では人事は経営の最前線にある。人事は「管理」ではなく「戦略」だ。

  • 評価=戦略実行装置:GoogleやIntelのOKR、伝統的なMBOにより、企業戦略が社員の目標へと落とし込まれる。
  • 評価と報酬の連動:成果は昇給やボーナスだけでなく、ストックオプションなど長期報酬に直結する。
  • 多面評価と継続的フィードバック:MicrosoftやAdobeは360度評価やCheck-inを導入し、評価を査定ではなく成長支援として機能させている。
  • CHROの経営参画:米国企業の多くではCHROがCEO直下に位置づけられ、人材戦略を経営戦略と一体で設計している。

この発想の有無が、日本企業との差を決定的なものにしている。欧米では人事が「経営の武器」となり、日本では「経営の付属物」に甘んじてきたのだ。


ここで、日本と欧米の人事における決定的な違いを整理してみよう。

観点日本欧米
年功序列高度経済成長期から続く「勤続年数=昇進・昇給」実績・能力に基づく成果主義
人事部門の位置づけ総務の延長、管理部門経営戦略の中核、CHROがCEOに直言
評価と報酬の関係弱い。定期昇給・年功的賃金が中心強い。評価がボーナス・昇格・ストックオプションに直結
フィードバック文化年1〜2回の面談が主流四半期ごとのOKRレビュー、Check-in、継続的フィードバック
評価の厚み上司の主観に依存多面評価や360度評価で透明性を担保

この比較から見えてくるのは、日本企業では人事が「管理部門」に押し込められ、経営と切り離されてしまっているという構造である。高度経済成長期に形成された年功序列は今なお残存し、バブル崩壊後にはコスト削減の論理が人事をさらに矮小化した。その結果、人事と経営の分断が深まり、社員の納得感は損なわれ、組織の競争力を削ぐ要因となっている。


5. 提言──人事にこそ「テマ・ヒマ・カネ」をかけよ

ここで強調したいのは、「どの企業も360度評価を導入すべき」という単純な話ではない。大切なのは、人事評価に厚みを持たせ、手間を惜しまない姿勢である。

  • 評価者を複数化し、上司一人の判断に依存しない。
  • フィードバック面談を年1回ではなく、四半期ごとに実施する。
  • 昇進や昇格においては、論文やプレゼンを組み込み「考える力」を測る。
  • 社内で成功事例を共有し、文化として評価を根付かせる。

こうした工夫は一見非効率に見えるが、実際には社員の納得感を高め、長期的には生産性を押し上げる。評価とは、社員に「見られている」「期待されている」と伝える最大のメッセージであることを忘れてはならない。


6. 結論──人事は文化の源泉である

アイリスオーヤマの360度評価は、制度自体よりも「手間を惜しまない姿勢」に価値がある。20年以上続けてきたのは、経営が人事を「投資」と捉えていたからだ。

日本企業が失ったのは制度ではなく、この姿勢である。効率化とコスト削減を優先した結果、人事は軽視され、社員の不満が蓄積し、組織文化は痩せ細った。これを転換するには、人事にこそ労力をかけるべきだという原則に立ち返るしかない。

人事はコストではない。人事は文化であり、組織の未来を形づくる戦略そのものである。あなたの会社は、人事にどれほどの「手間」をかけているだろうか。


上司・同僚・部下から評価を受ける。アイリスオーヤマが徹底する「公正な評価」の全貌(日本の人事部