パワハラ経営者・管理職が生き残れないESG社会がやってくる(2025.9.12)

最近のニュースで、化粧品会社「ディー・アップ」の社長によるパワハラが原因で新入社員が自ら命を絶ったという痛ましい事件が報じられた。社長は退任し、会社は遺族に1億5,000万円を支払うことで調停が成立したが、それで失われた命も、信用も、時間も戻ってこない。

問題の本質は、「個人の問題」で済むようなものでもない。たった一人の経営者の暴走が、会社全体の評価を地に落とし、従業員の士気を下げ、ブランドイメージを損なう。そして何より、「この会社は正常ではない」という企業認識を社会に植え付けてしまう。

パワハラは倫理の問題であるのは言うまでもなく、それと同時に、経営リスクであり、事業損失を伴う「コスト」でもある。これを理解せずに「感情で動く経営者」は、もはや時代遅れだ。
本稿は、被害者に哀悼の意を表しながら、しかしマネジメント面から見たコラムとして論を進めさせていただく。

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一言で壊れるブランド、失われる信頼

「知ってしまったから、もう買わない」「そんな会社で働きたくない」――こうした声は、パワハラや不祥事が起こるたびに必ず出る。商品自体は良質でも、会社の姿勢が許せないという理由で消費者は離れる。

とくにSNSが普及した現代では、問題が報道された瞬間から「その企業は何をしたのか」が一瞬で拡散され、企業は説明責任に追われる。これに失敗すれば、「謝罪しても、もう信用できない」という空気が広がる。

ブランドというのは、長年にまたがる信頼の積み重ねだ。しかし、パワハラや暴言はその積み上げを一瞬で吹き飛ばす。ブランドは「商品」ではなく「人格」でもある。社員を大切にできない会社に、消費者が好感を持てるはずがない。


アンガーマネジメントは「やさしさ」ではなく「戦略」

「社員に優しくしよう」と言っているのではない。感情をぶつけることが、組織にとっていかに無意味で、効率の悪い行為かという話だ。パワハラは一時的に従業員を黙らせるかもしれないが、それは決して「納得」ではない。むしろ、

  • 本音が出なくなる
  • 自主性が失われる
  • 新しい提案や改善が止まる

といった形で組織全体の機能不全を引き起こす。その結果、会社からは健全な活気が失われ、長期的に見れば衰退を招く。

一方で、アンガーマネジメントを身につけた上司は、

  • 感情に流されず、冷静に事実を把握する
  • 問題点を明確にし、建設的に伝える
  • 社員との信頼関係を維持したまま指導する

ことができる。これは単なるマナーや性格の問題ではなく、企業を持続的に成長させるための戦略的スキルなのだ。


欧米の現場では「怒る上司」は通用しない

かつての欧米も、日本と同じように「怒鳴る上司」が当たり前だった。しかし、1990年代以降、組織心理学やEQ(感情知能)の研究が進み、「感情を制御できない管理職は組織にとってマイナスである」という認識が広がっていった。
現在、米国では企業の65%、英国では60%以上が、管理職研修にアンガーマネジメントやEQ教育を組み込んでいる。
その背景には、

  • 多様な人材のマネジメント(D&I)
  • 離職率の抑制
  • 訴訟リスクの回避

といった「経営上の理由」がある。

さらに、Googleのような企業では、「心理的安全性」をチームの生産性に直結する要素と捉え、怒りや威圧のない環境づくりを、明確なマネジメント要件にしている。


ESGの視点から見える「人を守る経営」の意味

日本ではまだ十分に知られていないが、ESG(企業経営における「環境(Environment)」「社会(Social)」「企業統治(Governance)」)という視点は、いまや世界の投資家・金融機関が企業を評価するうえでのスタンダードとなっている。

以下の表は、ESGの各要素と、パワハラなどの労働問題がどのように関連するかをまとめたものである:

項目説明パワハラとの関係
E(環境)環境保全への配慮直接の関連は薄いが、Eに偏重しSやGが不十分な企業が多い
S(社会)労働環境、人権、多様性などパワハラはSスコアを大きく毀損し、ESG投資の対象外になる原因に
G(ガバナンス)経営体制、コンプライアンス、取締役会など経営者の暴走・隠蔽体質はGの低評価に直結

投資家は、ESGの「S」や「G」が弱い企業には投資を控えるか、資金を引き上げる。 銀行もまた、ESG評価の低い企業には金利を上乗せしたり、融資枠を縮小したりする傾向にある。
つまり、人を大切にしない経営は、経営資源(ヒト・モノ・カネ)のうち「カネ」にも悪影響を及ぼすのだ。


「ESGリスク」は日本企業にも確実にやってくる

「アメリカで起きたことは10年後に日本でも起きる」と言われるが、ESGに関しては5年以内に確実に波及すると言っていい。
すでに、

  • GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)
  • 日本生命、三菱UFJ銀行、三井住友銀行

といった国内の大手機関投資家やメガバンクも、ESGスコアに基づいて投資・融資判断を行う姿勢を強めている。
パワハラを放置している企業や、ガバナンスの弱い企業は、

  • 資金調達コストが上がる(金利上乗せ)
  • 株価が評価されにくい(投資回避)
  • 採用市場でも不利になる(求職者から敬遠される)

という三重苦に陥る可能性がある。


感情を制御できない者に、企業経営はできない

パワハラとは、指導でも教育でもない。ただの感情の発露であり、自己都合のはけ口にすぎない。そこに組織の目的も合理性も存在しない。
そもそも、自分の感情ひとつ制御できない人間に、組織を制御することなどできるはずがない。感情のコントロールは、マネジメント層にとって「人格」ではなく「能力」のひとつである。
本当に指導が必要な場面であれば、

  • 必要な指摘を言葉とレクチャーで伝える
  • または直属の管理職に適切な指導を促す
  • それでも改善されないなら、冷静かつ手続きに従って評価を下げる

これで十分である。怒鳴り散らす必要など一切ない。
むしろ怒声による「自己流の叱責」は、制度や手続きを無視して組織の規律を壊す行為にほかならない。たとえ冷酷に見えたとしても、ルールに従って処分を進めた方が、よほど組織として健全だ。

怒りというのは、個人の衝動であり、企業経営にとってはノイズでしかない。マネジメントの本質は、個人感情を律し、組織を合理的に運営するための判断と実行を担うことにある。
それができない経営者は、これから日本にも到来するESG社会において、もはや経営不適格者である。
そして、そのことを許してしまう組織もまた、ガバナンスを放棄した企業と言われても仕方がない。


化粧品会社でパワハラ、新入社員が死亡 社長辞任し1億円超支払いへ(朝日新聞