

序章|「残業=悪でやる気が削がれる」──上司の感覚が最大の問題
朝日新聞の記事に登場した課長級官僚の言葉は象徴的だった。彼はこう言う。
「『残業=悪』という考え方が浸透した結果、率先して仕事をしようとする職員のモチベーションがそがれているのでは」
一見もっともらしい発言に見える。しかし、実際にはこの言葉こそが問題の本質だ。課長級という管理職ポジションにある人間が、このような感覚を持っていること自体が、今の霞が関の構造的停滞を象徴しているのだ。
若手や中堅が「やる気を失っている」のではない。上司が、何を“正しい努力”と定義するかを間違えているのである。改革が進んで働き方が変化しているのに、上層部の頭の中だけが平成初期のまま止まっている。その断層が、組織のエネルギーを根こそぎ奪っている。
つまり、今の官僚機構の最大の問題は、以前のように「働き過ぎ」ではない。“正しいことに時間を使う”という原則が共有されていないことである。それこそが、優秀な官僚が燃え尽き、離れていく最大の理由だ。

第1章|キャリア官僚という人材の宝庫──「国のために働く」を選んだトップ層
キャリア官僚とは、国家公務員の中でも政策立案・行政企画を担う総合職を指す。採用試験は国内最難関。
私たちが想像もつかない努力を幼少のころから行い、学生生活の中で結果を出し続け、上位大学を卒業した優秀なインテリジェンス。その優秀層が集い、「国のために働く」ことを選んだ知の中枢である。
彼らは、民間企業でもトップ層に位置できる能力を持つ。だが、その行き先に国家を選ぶ。理由は、主に金ではなく意義にある。自分の知恵が国を動かす、その誇りのために霞が関を選ぶのだ。
しかし、かつてのキャリア官僚像──「午前様が当たり前」「経産省は不夜城」「天下り・パワハラ・不正が常態」──は、いまや過去のものになりつつある。
| 項目 | 2000年代 | 2020年代後半 |
|---|---|---|
| 労働時間 | 月100時間超残業も | 残業上限厳格化、22時以降禁止、省庁ごとにモニタリング |
| ハラスメント | 黙認・隠蔽が多い | 通報制度と懲戒厳格化で公表増加 |
| 天下り | 当たり前 | 監視委員会設置、実質9割減 |
| 労働環境 | 精神論 | メンタルケア体制・テレワーク導入 |
労働環境は劇的に改善している。しかし、それに順応できないのが中堅層と上層部だ。彼らは「努力とは苦しむこと」だと信じており、環境改善を“やる気を奪う改革”と誤読している。これが「残業=悪でやる気が削がれる」という発想を生む。だがその考え方こそが、若手を離職させているのだ。
第2章|いまのキャリア官僚の現在地──「クビにはならないが、キャリアは普通に死ぬ」
かつての官僚は、東大法学部を出て入省すれば将来は安泰とされた。だが、現在はまるで違う。いまやキャリア官僚の世界は、安定とはほど遠い「不確実な挑戦職」になっている。
- 降格・左遷・出世停止は日常化。
- 政策の失敗や国会対応のミスで一気にキャリア終了。
- 50代で実質的な“肩たたき”が横行。
- 天下りは厳格に制限され、再就職先の確保も難しい。
「クビにはならないが、キャリアは死ぬ」──いまのキャリア官僚は、この極端な構造の中で働いている。かつての“天下りによるセーフティネット”は消え、全身全霊の奉仕が必ずしも報われるとは限らない時代に変わった。
主に金が目的では無いとは言え、将来設計は重要な要素だ。特に40代を境に、大学同期との所得・生活格差が顕在化する。外資やコンサルで年収2000万円を超える同級生を横目に、課長級でそれらに及ばない自分の将来を考えたときに、多くの官僚が「国のために」という理想に疑問を持ち始める。
第3章|国の中枢で進む「頭脳の空洞化」
いま、霞が関では静かな“知の空洞化”が進行している。東大・京大の最優秀層がキャリア官僚を選ばなくなったのだ。
- 2020年頃:東大法学部合格者200人中、入省120人前後。
- 2025年:同合格者171人中、入省90人前後(辞退率30%超)。
数字以上に深刻なのは質的な変化だ。昔は「20~40代は薄給でも我慢、50代で天下り高給」という見返りがあった。いまはその後半戦が消えた。だから合理的な若者は、最初から民間に行く。官僚になることが“自己犠牲”にしか見えなくなっているのだ。
但し、天下りは国家に害を為すことが多いことから、現在の取り締まりは正しい方向だ。問題なのは、それに代わる国による”正式な”待遇が行われなわれていないことである。
つまり、官僚機構は今、構造的なリスクと報酬のアンバランスに苦しんでいる。挑戦して失敗すれば降格、無難に過ごせば安泰。しかし、無難な人間ばかりが残れば、国の政策は必ず平凡化する。これはもはや人事制度の問題ではなく、国家の競争力の危機である。
第4章|「やりたいのにやれない」環境が意欲を殺す
再び、記事の課長級官僚の発言を思い出そう。「残業=悪でやる気が削がれる」。
この一言の裏に、霞が関の構造的病理が詰まっている。
キャリア官僚たちは、常識的な範囲であれば、どんな仕事でも時間内に終えられる。彼らにはもれなくその能力がある。問題は量ではなく質だ。与えられた仕事が「国を動かす意義あるもの」なら、彼らは全力で、時間内で結果を出す。
しかし、実際に与えられているのは、疑問を持たざるを得ない業務ばかりだ。
- 使われない資料作成
- 意味のない国会待機
- 前例維持のための調整
- “念のため、誰かの利権のため”確認の連鎖
これでは、どれだけの使命感を持っていても、意欲は削がれる。若手は怠けているのではない。無意味なことに時間を浪費させられることに耐えられないのだ。彼らの世代は、「コスパ・タイパ」で動く。自分の努力が何に結びつくのかを常に見ている。そこに納得感がなければ、どれだけ「国のため」と持ち上げられても、彼らは動かない。
第5章|乃木坂46・池田瑛紗が象徴する「優秀さの構造」
乃木坂46と東京藝大を両立する池田瑛紗(てれさ)。一説には東大よりも入学が難しいと言われる東京藝大での学生生活と、芸能活動の両立という、一見相反する世界を同時に成立させている。マクドナルドのCMでも表現されていたように、「二兎を追う」象徴的存在だ。
重要なのは、彼女が“時間に追われながらも、目的のために時間を管理し、成果を出している”という点だ。優秀な彼女は、やるべきことを自分で定義し、その目的を実現するために時間を最適化している。つまり、目的管理と時間管理を両立しているのだ。
この構造は、キャリア官僚にも重なる。優秀な彼らもまた、時間を使うことそのものに長けている。問題は、上から与えられた仕事の「目的」が不明瞭である点だ。どこを目指して仕事をしているのか、その明確な旗が見えない。だからこそ、優秀であればあるほど消耗していく。
優秀な人材は、時間の制約を恐れない。常識的な範囲であれば、時間的に制約があっても、また複数業務のどうじ同時進行であったとしても、十分にこなす能力がある。「意味のある行動」であれば、限られた時間でも全力で取り組める。 時間ではなく、目的が欠けている──これが今の霞が関の根本問題である。
第6章|上層の“過去の苦労”バイアス──「俺たちの時代は…」が組織を殺す
どの業界にも存在するが、官僚組織では特に根強いのがこの“苦労の再生産バイアス”だ。自分が経験した理不尽や長時間労働を、「これが糧になる」と正当化し、次世代にも押しつける構造である。記事の課長級官僚の発言は、まさにこのバイアスを体現したものだ。
だが、その「苦労」は時代背景とセットで意味を持っていたものであり、今の時代ではただのノイズでしかない。かつての成功体験を延命させようとする上層が、組織の進化を阻んでいる。
- 「俺たちの時代はもっと大変だった」
- 「寝る間も惜しんでやるのが当たり前」
- 「最近の若手は根性がない」
このような発言は、もはや現場を疲弊させるだけだ。努力を強要するのではなく、努力が正しい方向に向かうよう設計するのが管理職の役割だ。努力の質を問うべき時代に、量を誇るリーダーは時代遅れである。
第7章|構造改革──知性が正しく機能する設計に作り替える
現代のキャリア官僚に意欲がないのではない。意欲を正しく使える場所、または仕事がないのだ。
いま必要なのは、国家奉仕という「精神論」だけではなく、「官僚機構を正しく機能する構造」である。
改革の方向性は明確だ。
1. 国会対応の合理化
- 答弁待機・無限資料作成の削減。
- 議員側にも拘束時間や質問回数のルールを守らせ、官僚の持続可能性を確保。
2. 評価制度の再設計
- 失敗を永久降格にしない。
- チャレンジを「リスク」ではなく「価値」として評価。
- 「何もしない方が得」という構造を根本から消す。
3. 処遇とロードマップの明確化
- 給与・定年までのキャリア設計を可視化。
- 優秀層が将来に希望を持てる待遇を整備。
この3つが揃って初めて、官僚の知性は機能する。力のある人が、正しい目的に向かって、その力を存分に発揮できるようにする。それこそが国の使命である。
第8章|国の使命は「手元の人材を活かすこと」、それだけでいい
国がやるべきことはただひとつ。「手元の人材を活かすこと」。優秀な人材はすでに揃っているのだ。しかも、国家に奉仕するという意思を持って集っている。それをどう活かすかだけが課題だ。
官僚も人間である。「公僕」という名のもとに、際限なく働かせることが美徳だという時代は終わった。キャリア官僚は「定額使い放題サブスク」では無いのだ。
優秀な人の仕事環境を守るのは「甘やかし」ではない。国家の持続性を守る行為だ。
国民もまた理解する必要がある。官僚が疲弊すれば、行政は劣化し、国の信頼は失われる。官僚は税金で雇われた“システム”であると同時に、志と知性を持つ“人”である。だからこそ、守るべきは彼ら再優秀な人材が働く意味を失わない環境である。
また、官僚の能力は上手に、そして持続的に使わなければ、国民にとっても大損なのだ。間違っても使い捨てにするような人材では無い。
優秀な官僚が「ここで働きたい」と再び言える国に。その実現こそが、国家再生の第一歩である。
「数年以内に辞めたい」国家公務員の1割弱が回答 残業=悪が浸透か:朝日新聞