グーグル視点の採用と、一般企業視点の採用を同一視はできない(2026.2.10)

序章|その正しさは、私たちにはまぶしすぎる

「とんち問題は意味がないから廃止」「学歴は入社後パフォーマンスと相関しないから撤廃」――元記事にあるようなグーグルの採用改革は実に明快だ。
データで検証し、相関がなければ伝統があっても効果の薄い施策も切り捨て、意味のある領域に資源を集中する。合理性としては、ほとんど完璧だ。人事が“科学”として語られる瞬間でもある。

ただ、ここで一度だけ立ち止まりたい。その判断を下したグーグルは、年間3百万とも言われるの応募、数万人規模の採用、20万人弱規模の従業員データを抱える。専任の分析組織があり、施策を何度も試し、何度も失敗し、やり直しても組織が揺らがない余力がある。言い換えれば、高い場所から世界を見下ろせる人事だ。

一方、一般企業の現場はどうか。
私たちが直面しているのは、もっと切実な現実だ。応募者は多くない。人事は少人数。採用だけに時間も予算も振れない。だからこそ、グーグルのように「捨てる合理性」ではなく、手元にある情報を“使い切る合理性”が必要になる。

グローバル企業の“削る論理”は否定しない。そのうえで、資源制約のある一般企業、とりわけ中小企業が採用で勝つには、何をどう考えればいいのか。
答えは、削る前に、使い尽くす。 そのための設計が必要なのである。


第1章|採用は「正解探し」ではない

採用で一番危険なのは、「この人は必ず当たる」という確信をすることだ。それは傲慢でしかない。
人は多面的で、環境で変わる。上司が変われば伸びる人もいる。逆に、優秀な人ほどカルチャー不一致で壊れることもある。
面接は数時間、履歴書は数枚。そんな断片で“真実”を当てろというほうが無理がある。

だから採用は、次のように定義し直すべきだ。

採用は正解を当てる作業ではない。
限られた情報で、採用制度を上げる作業である。

この視点に立つと、学歴は絶対か、面接は万能か、とんち問題は悪か――そうした二択はすべて間違いになる。
どれも万能ではない。しかし、どれも一定の価値はある。
採用とは、弱いシグナルを重ねて、外れにくい構造を作る技術なのだ。


第2章|学歴は「無駄」でも「絶対」でもない、しかし材料だ

学歴について語ると、「学歴で人は判断できない」「学歴がすべてではない」「学歴がなくても成功している人はいる」といった反論が飛ぶ。もちろん正しい。だが、採用が扱うのは“例外”ではなく“分布”なのだ。

スポーツでもとんでもない天才、競技開始が遅くても頂点に立つ人はいる。高校から陸上を始めて数年で五輪金メダルに辿り着いた北口榛花選手はその例だ。
しかし精度(確率)で見れば、幼少期から積み上げた人のほうが強い傾向は揺れないのだ。イチローにしても、大谷翔平にしても、久保建英にしても、メッシにしても。

学歴も同様だ。学歴は能力証明でも人格保証でもない。だが一般に、学びへの意欲や持続性、高難度へのストレス耐性などについては分散が小さく、再現性が高い。特に新卒〜若手層では、以下のような「代理指標(proxy)」にはなる。

  • 学ぶための基礎体力(読み書き・思考の型)
  • 努力の持続(課題を積み上げた履歴)
  • 選抜環境での適応(締切、競争、評価に耐える経験)

大事なのは、学歴が「優れている」ことを断定する材料ではなく、「優れている可能性が相対的に高い」と推定する材料だという点だ。
ただし、「東大だから採る」は愚かだ。学歴しか見ていないからだ。
学歴は評価材料の1ピースであり、全体を支える柱ではない。高学歴でも顧客対応ができない人はいるし、高学歴じゃなくても現場で伸びる人もいる。


第3章|とんち問題・話芸・即応性は何を測っているのか

とんち問題が批判されるとき、論点がずれることが多い。「正解がないから無意味」「思考力は測れない」――違う。とんち問題が測っているのは、純粋な知能というより、場の処理能力だ。

  • 不完全な状況での状況把握
  • その場で筋の通る仮説を立てる力
  • 即興の言語化とプレゼンテーション
  • 破綻しない思考の連結

つまり、思考力というより「即応性」「言語化」「状況把握」を見る。
営業・折衝・現場判断が多い職種では、これは武器になる。だから、とんち問題が“絶対悪”だとは言えない。

企業にとって、とんち問題は有効か。答えは条件付きで「YES」だ。
職務が、想定外対応・顧客折衝・提案・交渉に寄るほど、即応性は武器になる。一方で、長期の設計、地味な改善、継続的な品質担保が中心なら、話芸は決定打にならない。

芸人の上岡龍太郎は生前、弟子が遅刻をした際に「言い訳してみろ。面白かったら許す」と言って、弟子を試したというエピソードがある。芸人にとって最重要は話芸であり、遅刻しない生真面目さは優先度が低い。価値はプライオリティで決まるのだ。

とんちの採用に問題があるとすれば、何を測っているかを面接官が言語化できていないことだ。その場合には、評価が「面白い/つまらない」「ノリがいい/悪い」に流れ、声が大きい人が得をする。
だから実務の要点はこうなる。

  • とんち問題的な問いを使うなら、目的を限定する(即応・言語化・圧耐性)
  • 一発芸にしない(別角度の質問で裏取りする)
  • 役割に合うかで重みを変える(バックオフィスに“話芸”を求めすぎない)

とんち問題は、使い方次第で毒にも薬にもなる。要は「測っているもの」を自覚し、重み付けを誤らないことだ。


第4章|スキル・実績という「最大ピース」の危うさ

「じゃあ結局、何が最大の指標なのか」と問われれば、答えは明快だ。スキルと実績である。再現性が最も高く、説明責任を果たしやすい。中途採用なら尚更だ。新卒にしても、学習してきたことには一定の価値がある。

しかし、最大ピースにも落とし穴がある。実績は環境に依存する。大企業の分業で出した成果を、中小企業の多能工環境で再現できるとは限らない。強い個が、チームの信頼を壊すこともある。「即戦力神話」が組織を荒らす典型だ。
大事なのは、スキル・実績を絶対視することではない。逆だ。最大ピースだからこそ、過信しない。 実績の裏にある前提条件を確認する。

  • 何を自分でやり、何を周囲が支えたのか
  • その成果は、どんなKPI・裁量・権限のもとで生まれたのか
  • 失敗局面でどう動いたか(成功談より情報が濃い)

スキル・実績は材料として強い。しかしそれさえも、無条件の白紙手形では無い。
だからこそ、他材料のピースで角を削り、なるべく丸く、外れにくい形に整えていく。それが採用の作業だ。


第5章|中小企業の人事に「完全解」は存在しない

現実的に考えてみよう。中小企業は、採用に全リソースを投下できない。人事が採用だけをしている会社は少数派だ。人事のシステムやデータベースに投資できる額も限られる。
そもそも、応募も多くない。グーグルのように選び放題、優秀な人材100人から最優秀1人を選考する作業では無く、「この人はアリかナシか」を決定する作業なのだ。

中小企業に必要なのは、人材を削る合理性ではなく、人材を拾う合理性だ。

  • 学歴はproxyとして使う
  • 会話は協働リスクを見る
  • とんち系の問いは即応性を見る
  • 実績は最大ピースとして扱う

それは、使える情報をすべて使い、過信せず、積み重ねて打率を上げるという合理性だ。学歴も、話芸も、面接の印象も、職務適性も、どれも決定打ではない。だが、決定打が存在しないからこそ、弱いシグナルの合成を見つめるのだ。

そして、全部使うが、全部同列に扱わないことが肝心だ。 価値は「一定」であり、重さは役割で変わる。
中小企業の採用は、統計の精度ではなく、設計の精度で勝負する必要がある。


第6章|人事の本質は「角を削ること」にある

人事がやってはいけないのは、一つの指標に全賭けすることだ。

  • 「東大だから採る」
  • 「話がうまいから採る」
  • 「経験者だから採る」
  • 「感じがいいから採る」

これらはすべて、採用ではなく信仰である。

では何をするべきか。答えはシンプルだ。机の上に拾えるデータを全部並べて、俯瞰で見て、角を削っていく。
評価のデータは集めれば集めるほど、丸に近づいていく。四角形よりも六角形、十角形のほうが丸に近い。そのためには、仮に学歴やとんち問題への回答であっても、データであることに疑いの余地はないのだ。

それでも、実績やスキルが自社にバッチリはまる場合には、他の評価で疑義があっても採用するという判断も確かにありうる。スペシャリスト採用には多い。
その場合であっても、ほかの評価を全て無視して良いのではなく、「他も見たうえで無視できると判断する」ことが重要だ。
最初から見ないのではない。見たうえで、重みを調整する。


終章|人事とは、組み合わせ最適化の技術である

組織は人の集団である以上、すべては組み合わせだ。
チームは、同じ人間がいないことを前提に設計される。得意不得意が違い、実績も違う。その多様なピースを並べ、目的に合わせて組み上げ、全体効果を最大化する。
そして、採用も人事評価も人材配置も、原理は同じだ。

だから、採用の指標は、学歴だけでも、実績スキルだけでも、人物評価だけでもない。
可能な限りデータを集め、可能な限り角を削って判断する。 それでも完璧はない。だが、打率は上げられる。
採用活動とはそのための営みだ。

グーグルの採用は正しい。だが、私たちの現実もまた正しい。
グローバル企業が“削る”ことで合理性を得るのなら、私たちは“使い尽くす”ことで合理性を得る。
眩しすぎる理想をそのまま真似る必要はない。自社にフィットする現実解を求めることこそ重要だ。

採用は唯一正解探しではない。限られた情報で、採用精度を上げる作業なのである。

元記事:面接の“とんち問題”では思考力は測れない→グーグルが廃止した深い理由(東洋経済オンライン