

第1章:日本の「賃上げなき成長」は幻想か?
「歴史的な賃上げ」という言葉が政府や報道から頻繁に聞かれるようになった。だが、現場の感覚はどうだろうか?多くの労働者が「何も変わっていない」と感じているのではないか。実際、統計を見ても実質賃金はほぼ横ばいのままであり、日本人の所得は事実上25年間停滞している。
にもかかわらず、生産性はこの25年間で約3割上昇している。フランスやドイツといった欧州主要国を上回る水準だ。つまり、「生産性が上がらないから給料が上がらない」という論理は、もはや成り立たない。
この現象の裏には何があるのか?本稿ではその核心を探る。

第2章:企業は儲かっている。それでも賃金は上がらない
生産性が向上し、企業が利益を出しているのに、なぜ従業員に還元されないのか?
最も注目すべき指標が**「利益剰余金(内部留保)」である。1998年には約120兆円だった企業の利益剰余金は、2023年には600兆円**にまで膨張した。これは企業が「儲けている」のではなく、儲けを使わずに溜め込んでいることを意味する。
◉ 三つの利益の使い道:
企業が利益を得た際の主な使い道は以下の三つに分類できる。
- ① 労働分配(人件費・福利厚生)
→ 消費の活性化、労働力の質向上に寄与 - ② 設備・研究投資
→ 企業競争力の向上、産業全体への波及効果 - ③ 内部留保(蓄積)
→ 企業内に資金が滞留し、経済循環が止まる
現在の日本企業、特に大企業はこの中で**最も経済的効果の薄い「③ 内部留保」**に偏重している。
第3章:労働分配率の崩壊がもたらすもの
内部留保の偏重は、労働分配率の低下として明確に表れる。
労働分配率とは、企業が生み出した付加価値のうち、どれだけを労働者に還元しているかを示す指標である。適正水準は60~70%とされるが、日本企業の多くが50%を切る水準となっており、先進国の中でも極めて低い。
この低下が意味するのは、「人材軽視」であり、「社会全体への還元意識の欠如」である。結果として以下のような社会的弊害を招く。
- 賃金の伸び悩み
- 消費の低迷
- 経済成長の鈍化
- 少子化の加速
- 若者の貧困化・中間層の崩壊
第4章:なぜ企業は分配しないのか?
企業が内部留保を増やし続ける背景には、単なる守備的経営以上の構造的な問題が存在する。
◉ 経営者のリスク回避傾向
- バブル崩壊、リーマンショックの記憶から「攻めの経営」が封じられた。
- 「労働者に配るより、手元に残すほうが安全」と考えている。
◉ ガバナンス不全
- 日本企業では経営陣の責任が問われにくく、株主や労働者からのプレッシャーが弱い。
- 欧米型のガバナンス(CEO解任、株主要求など)が未成熟。
◉ 成果の誤配分
- 儲けは役員報酬・配当に向けられ、労働者への分配は「最後の余り物」。
第5章:なぜ政府は是正しないのか?
企業の行動だけではなく、それを放置する政府の態度も大きな問題である。
◉ 政治と経団連の癒着
- 自民党の選挙資金の多くは大企業からの献金で賄われている。
- 政策決定プロセスに経団連の意向が強く反映される。
◉ メディアも企業に逆らえない
- 多くのメディアの広告主は大企業。企業批判をすればスポンサーを失うリスクがある。
- 結果として、内部留保の問題が大きく報道されない。
◉ 国民の選択ミス
- 長年、大企業優遇政策をとる政府を選び続けてきたのは、国民自身である。
第6章:内部留保課税は本当に「悪」か?
企業や経団連は「内部留保課税は二重課税だ」と批判するが、本当にそうだろうか?
◉ フランスではすでに導入済み
フランスでは一定額以上の剰余金を持つ企業に対して追加課税制度がある。これにより、企業は「使わないと損をする」インセンティブが働き、分配や投資を選びやすくなる。
◉ 日本でも導入可能な設計
- 一定割合(例:純利益の50%)以上の留保には特別課税
- 3年以内に賃上げ・設備投資しなければ課税
- 賃上げ・投資に回せば免除される
このような設計であれば、「罰則」ではなく「行動誘導」として十分機能する。
第7章:労働分配率向上のための政策パッケージ
以下のような政策を組み合わせることで、企業に対して分配を促す環境を整えることができる。
◉ 1. 賃上げ企業への優遇税制
- 賃上げ率に応じて法人税を軽減
- 例:前年比5%以上の賃上げで法人税率を段階的に引き下げ
◉ 2. 労働分配率の下限設定
- 一定の利益を出した企業には最低限の分配率を義務付け
- 監査・報告制度の導入で透明性も確保
◉ 3. 補助金の配分見直し
- 賃上げ・投資を行った企業のみに補助金・助成金を交付
- 過去3年間の賃上げ実績が条件
◉ 4. 株主還元強化のルール整備
- 公的年金・GPIFによるエンゲージメント(働きかけ)を制度化
- 内部留保過多の企業に対して、配当・還元を要求
第8章:なぜ「分配」が日本再生の鍵なのか?
労働分配は単なる福祉政策ではなく、国民経済の基盤そのものである。
- 所得が上がれば消費が増え、内需が活性化
- 家計が安定すれば出生率も改善
- 人材の流動性が高まり、技術革新の土壌が生まれる
いくら企業が儲かっても、労働者にお金が回らなければ国全体は豊かにならない。
第9章:国民が変えなければ、何も変わらない
結局、政府も企業も「変わろうとしない」のであれば、国民が選ぶしかない。以下のような視点で政党や政策を見極める必要がある。
- 労働分配率向上に具体的に言及しているか?
- 内部留保課税や分配誘導策を掲げているか?
- 経団連や大企業との距離が近すぎないか?
第10章:結論――成長ではなく「分配」が日本を救う
この30年間、日本は「成長戦略」を唱え続けたが、成長の果実は一部に集中し、国民全体に回らなかった。これから必要なのは、「分配戦略」への転換である。
そして、企業が最も悪い選択肢である「内部留保」を選び続ける限り、
政府がそれを許し続ける限り、
日本経済はこの袋小路から抜け出せない。
分配しない企業が損をする時代へ。
その道筋をつくるのは、私たち国民の選択である。
「企業が利益を溜め込むほど得をする社会」を変えなければ、日本経済の未来はない。
生産性3割アップも「増えない給料」 原因は「貯めこむ大企業」にあった | TBS NEWS DIG