長時間勤務を求めるのは無能の証明|データが示す「時間より効率」(2025.8.13)

朝9時から夜9時まで、週6日働くということ

中国の一部IT企業で定着し、近年では米国のAIスタートアップの一部でも導入が報じられた「996勤務」。
朝9時から夜9時まで、週6日。週に72時間の労働が前提です。

経営者がこれを推す理由は単純です。
「長く働けば、成果が出るはずだ」という思い込み。
しかし、従業員からすれば事情は違います。経営者のように株式や大きな成功報酬があるわけではなく、時間を差し出しても得られるものは限られています。

この「見返りの非対称性」を無視したまま、経営者目線をそのまま押しつけることは、現実的ではありません。

では、長く働けば本当に業績は伸びるのでしょうか。ここから先は、日独米のデータを見ながら考えてみます。

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日独米の労働時間を比べてみる

2023年のOECDデータによると、年間の労働時間は次の通りです。

年間労働時間
ドイツ約1,343時間
日本約1,607時間
米国約1,705時間

ドイツは短時間労働で知られる国です。一方で米国は日本よりもさらに長く働いています。
日本はその中間に位置しており、「働きすぎ」でも「働かなさすぎ」でもないのが現状です。


労働時間が違っても、生産性はほぼ同じ国がある

では、時間あたりの生産性(GDP per hour worked)を比較してみましょう。購買力平価(PPP)で補正した2023年の数値は次の通りです。

時間あたりGDP(PPP, USD)
米国約97.7
ドイツ約95.0
日本約56.8

驚くべきは、米国とドイツの生産性がほぼ同じだという点です。
米国はドイツよりも年間労働時間が360時間も長いのに、効率は変わらない。
つまり「長く働けば効率も上がる」という単純な図式は成立していないのです。


日本の位置づけ——時間は中間、生産性は低位

日本は労働時間では中間に位置しているのに、時間あたり生産性は米独の6割弱。
これは単に「時間が足りない」からではなく、時間の使い方や業務構造そのものに問題があることを示しています。

例えば、こんな現場の実態が指摘されます。

  • 会議や承認プロセスが多段階で時間がかかる
  • 成果よりも滞在時間や勤続年数が評価される
  • 職務範囲が曖昧で再作業が発生する
  • ITや自動化の導入が遅い
  • 専門職よりもジェネラリスト配置が多く、効率化の横串が弱い

これらはすべて、996勤務のように時間を延ばすだけでは解決できない課題です。


長時間労働のリスクと日本の制度

世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)の調査では、長時間労働は心血管疾患による死亡リスクを大幅に高めることが示されています。
また、日本では「働き方改革」により、残業は原則月45時間、年360時間まで。特例でも年720時間以内とされ、996勤務は制度的にもほぼ不可能です。


日本に必要なのは「時間の増加」ではなく「質の向上」

労働時間の国際比較から見ても、日本は既に中間的な水準にあります。
996勤務のような長時間労働を導入しても、米独との差は埋まりません。
必要なのは、時間あたりの付加価値をどう増やすかという視点です。


日本の「時間あたり価値」を低くしている構造的な要因

  • 会議中心・資料主義
    意思決定までに複数の階層や根回しが必要で、スピードが落ちる。
  • 評価の“時間バイアス”
    成果よりも「長く職場にいたか」が暗黙の評価軸になってしまう。
  • 曖昧なジョブ設計
    権限と責任が明確でなく、仕事の重複や再作業が頻発する。
  • IT・自動化の遅れ
    RPAや生成AIが「例外処理」に引っかかり、導入が進まない。
  • 人材ポートフォリオの偏り
    専門職や横断チームが不足し、部門をまたぐ改善が定着しない。

では、どう変えるのか?

ドイツは短時間で高効率を実現し、米国は成果に応じた高報酬で成果を引き出しています。
両方の良さを、日本流に組み合わせる余地は十分にあります。

A. 仕事の設計(オペレーティングモデル)

  • 意思決定の層を圧縮:決裁の階層を減らし、会議は意思決定の場に限定。
  • OKRやノーススターKPIで評価:時間評価から成果評価へシフト。
  • 小規模な横断チームの常設:IT、現場、法務、経理が週単位で並走し、再作業を減らす。

B. テクノロジーの活用(ムダ取り×差別化)

  • 自動化の「最後の1マイル」に集中:データ入力、チェック、レポート整形など反復作業を排除。
  • 生成AIは半製品化ツールとして使う:ドラフト8割をAIが作り、残りを人が磨き上げる。

C. 人への投資(報酬・裁量・休息)

  • 時間ではなく解決価値に報いる:利益連動や成果配分を拡充。
  • 休息の制度化:週の「ノー会議帯」、月1回の半日自己研修日。
  • 集中時間の保護:通知やチャットの「Do Not Disturb」を組織ルールに。

重要なのは、米独はいずれも「時間あたり効率」が高いから業績が出るということです。
だからこそ、長時間を強いていないのです。
日本が真似すべきは、時間を増やすことではなく、この効率の作り方そのものです。


結論——996勤務は「努力」ではなく「錯覚」

996勤務は、努力を増やす方法のように見えて、実際には効率を下げ、健康や人材確保に悪影響を与える危険があります。
米独の事例が示すように、業績を決めるのは労働時間の長短ではなく、その中で生み出される価値です。

日本が目指すべきは、「時間を増やすこと」ではなく、「時間の質を上げること」。
それが、これからの競争力を左右する鍵になるはずです。


朝9時から夜9時まで週6日働く「996勤務」、いつかあなたの職場にも?(Forbes JAPAN