

序章:数字批判から人材論を考える
ランキング記事は刺激的だ。GDP順位やIMD競争力ランキングは、国の浮沈を一目で見せる。だが、その数値を見て「日本はまだ経済大国だ」「いやもう没落だ」と騒ぐだけでは何も変わらない。重要なのは、なぜ順位が落ちたのか、どこに本質的な弱さがあるのかである。
その弱点はすでに数字に表れている。IMDが示す「ビジネス効率性51位」「生産性・効率性58位」という評価だ。これは単なる順位の問題ではなく、現場の仕事の設計がムダに覆われていることの証明である。長時間の拘束、会議の連鎖、意思決定の遅延──誰もが経験している現象が、数字として可視化されたにすぎない。
だからこそ、このコラムでは「人事・人材活用」という視点で日本経営の病巣を掘り下げたい。数字をなぞるのではなく、働く現場と経営の接点から問題を浮かび上がらせていく。

第1章:黒字リストラという欺瞞──“Restructuring”を”人員削減”と誤訳した日本
リストラクチャリング(Restructuring)という言葉は「再構築」を意味する。本来は、将来に備えて事業や人材を入れ替える行為である。ところが日本では、この言葉は「人員削減」の婉曲表現に堕してしまった。
黒字の大企業が、余裕のあるうちに「早期退職募集」を行い、それを「体制の立て直し」と称する。だがそれは、構造改革ではなく単なる利益調整である。
ここで問題点を整理してみよう。
- 未来の担い手の流出
余裕があるからこそ人材に投資すべき時期に、逆に切り捨てる。長期的な競争力を放棄する行為にほかならない。 - 価格設計と投資哲学の欠落
利益を確保する努力は本来「価値を認めさせる」ことにある。それを「人件費を削る」ことで済ませてしまうのは哲学の欠落である。 - 短期収益の見栄えを優先
数字はよくなるが、士気低下・知の流出・採用難という長期的コストを招く。
つまり黒字リストラとは、未来を犠牲にして現在の数字を守る倒錯行動であり、「黒字のうちに経営体質を改善」などというのは尤もらしい理由をつけた労働者に対する欺瞞である。
第2章:未来を描けない経営──「正しい戦略」と信じ込むことの罪
もっと深刻なのは、この黒字リストラを「正しい」と信じ、本気で語る経営者が増えていることだ。しかも、その言説が経済界の中心を占めてしまった。
未来を描けない経営には、三つの特徴がある。
- ビジョンの欠落
本来は10年後の姿を示し、そこに人材を再配置するのが経営者の役割だ。しかし語られるのは「今ある利益を守る」ための調整ばかり。社員に伝わるのは「挑戦するな、現状維持せよ」というメッセージだ。 - 市場へのシグナルが逆
米国や中国の企業が高い時価総額を実現したのは「未来の物語」を投資家に信じさせたからだ。対して、日本企業は「未来は語らず、今を削る」姿勢を見せ続けた。その差が株価にも如実に反映された。 - 効率化の誤解
効率化とは業務設計を洗練させることなのに、「人を減らすこと」だと誤解している。こうした短絡思考が、現場の活力を失わせている。
未来を描けない経営は、現在を削り、組織の生命力を枯らす。
この歪んだ経営思想こそが、時価総額の差を広げた最大の要因である。
第3章:日本経営の本当の病=生産性の低さ
数字の羅列以上に重いのは「生産性が低い」という事実だ。
現場には、誰もが見たことのあるムダがある。
会議の氾濫
目的が曖昧な定例、参加者だけ多い討議、結論が先送りされる「持ち帰り」。結果、会議が仕事を生み、成果を奪っていく。
待機と手戻り
上司の承認をひたすら待つ時間、同じ資料を何度も作り直す作業。意思決定が遅いほど、コストは膨らむ。
過剰配賦
「念のため」に人を集めたプロジェクトほど責任が曖昧になり、誰も意思決定をしない。
時間評価
「長くいる=頑張っている」という誤った基準。残業は努力の証ではなく、非効率の証拠である。
これらはすべて「人材を活かせていない」というより、業務設計が不効率に偏っていることを示す。努力をいくら重ねても、フローが悪ければ成果は上がらない。
日本の病は、人材の質ではなく“システムとしての効率性の低さ”にある。
第4章:大企業と中小企業──役割を取り違えてはいけない
黒字リストラを行う大企業と、解雇が難しく挑戦できない中小企業。両者を同じ基準で語るのは誤りだ。
それぞれが担うべき役割は異なるのに、日本の議論は「一律」にまとめてしまいがちだ。ここを切り分けなければ、真の解決にはつながらない。
大企業と中小企業の役割を整理すると次のようになる。
| 区分 | 大企業の役割 | 中小企業の役割 |
|---|---|---|
| 資金力 | 内部留保・キャッシュフローを活かし、人材・研究開発・下請けへの投資を行う | 限られた資金を市場挑戦や新規事業に集中投下する |
| 雇用 | 雇用の安定を担い、人材育成やリスキリングに責任を持つ | 雇用の流動性を高め、挑戦と撤退のサイクルを柔軟に回す |
| 生産性向上 | 業務フローの無駄を削減し、効率的な仕組みを構築する | 少人数で動ける俊敏性を活かし、ニッチ市場を切り拓く |
| 社会的責任 | 下請けに適正価格で発注し、産業基盤を支える | 地域雇用や技術継承を担い、経済の裾野を広げる |
表で見ると、大企業と中小企業が補完関係にあるべき存在だと分かる。
大企業は「守る」側、中小企業は「挑戦する」側。本来このバランスが成り立つことで、全体の新陳代謝が健全に回るのだ。
つまり、大企業が本来の役割を捨てて、近視眼的に短期的利益を目指すようになってから、日本経済はおかしくなった。それがつまるところ、「失われた30年」なのである。
第5章:政策で役割をデザインする──「囲い込み」と「解放」
役割は理念だけでは機能しない。制度=政策に落とし込む必要がある。
- 大企業は囲い込む
- 人材投資比率やリスキリング時間を開示させ、投資を怠れば課税。
- 下請けに適正価格で発注する仕組みを義務化。
- 中小企業は解放する
- 経営危機時の解雇規制を緩和し、挑戦のハードルを下げる。
- 職業訓練や再就職支援を強化し、人材の循環を促す。
囲い込みと解放──この二つを同時に実現することが、日本経済の再生に不可欠だ。
結論:未来は描かない限り存在しない
日本経営の病は「生産性の低さ」であり、その原因は未来を描けない短期主義と業務フローの非効率にある。
黒字リストラを続ける大企業、規制に縛られて挑戦できない中小企業──この二重の停滞を解消するには、役割分担を明確にし、政策的に是正するしかない。
もちろん、これは個々の企業だけの問題ではない。政策も一体化した議論が必要となろう。
このような問題意識を持ち、そして「狭い視野の短期的利益重視経営」から脱却できる経営者、それと同時に資金調達などにおいても同様の視点で投資・融資が行われる環境が必要となるのだ。
未来は、描けば近づく。描かなければ遠ざかる。
「人を切る前に、経営のムダを切る」──それが、日本経営に求められる最初の一歩だ。
日本の経営者の能力は「世界ワースト3位」、競争力世界一から38位に転落した元凶とは(ダイヤモンド・オンライン)