

はじめに:「何でもやります」が意味を持たない時代
「何でもやります」という言葉は、一見すると熱意と柔軟性の表れのように見える。
だが、今日のビジネス社会ではその姿勢こそが「不信感」や「選ばれない原因」となる場合がある。
特に、情報過多で選択肢があふれる現代においては、「できることを明確に伝える力」こそが、信頼と成果を得るための最重要スキルになりつつある。

1. なぜ「何でもやります」は信頼されなくなったのか?
● 選ばれる条件は「明確さ」
ビジネスにおける信頼とは、「何を頼めばいいのか」が明確であることに他ならない。
- 「何ができるか」を伝えることは、相手に安心を与える行為
- 自分の提供範囲を限定することで、専門性と誠実さが際立つ
つまり、“幅広さ”ではなく“焦点の定まった専門性”が信頼の出発点になっている。
2. マーケティングに学ぶ自己ポジショニングの重要性
● ポジショニング理論とは?
マーケティング理論におけるポジショニング戦略(Positioning Strategy)は、以下のように定義される:
「顧客の頭の中で、自社(あるいは自分)がどんな存在かを明確に位置づけること」
アル・ライズとジャック・トラウトが提唱したこの理論は、「誰に、どんな価値を、どんな立ち位置から提供するか」を明示することの重要性を説いている。
● ポジショニングが曖昧だと選ばれない
- 「なんとなく何でもやっている人」は記憶にも残らない
- 「これといえばこの人」という明確なタグがないと、差別化もされない
これは個人においてもまったく同じだ。
● 自分を“ブランド”として定義せよ
以下のような問いに答えられるかが、ポジショニングの基本である:
- 自分は誰に向けて価値を提供したいのか?
- その人たちに、どんな課題を解決できるのか?
- 競合と比べて、自分の提供価値はどう違うのか?
3. 心理学に学ぶ「選ばれにくい構造」――選択のパラドックス
● 選択の自由がもたらす“逆効果”
心理学者バリー・シュワルツによる**選択のパラドックス(The Paradox of Choice)**はこう述べる:
「選択肢が多すぎると、逆に人は選べなくなり、選んだ結果にも満足しにくくなる」
つまり、「何でもできます」という提案は一見便利なようで、実は以下のような負の連鎖を生む:
- 依頼者が「何を頼めば良いか分からない」
- 判断が遅れる/迷う
- 結果への満足度が下がる
- 「次もこの人にお願いしよう」とは思われない
● 限定することで選びやすくなる
提供範囲を明確にすれば、相手は判断しやすくなり、安心して依頼できるようになる。
これはビジネスだけでなく、カウンセリング、教育、医療、さらには人間関係全般に共通する原理だ。
4. 限定は信頼の証――プロとは“引く力”を持つ人
● ゴルゴ13とブラックジャックの例
- ゴルゴ13は「狙撃」しかやらない。それ以外の交渉・護衛・潜入は引き受けない。
- ブラックジャックは「外科手術」しかしない。診断やリハビリ指導は他人に任せる。
しかしこの徹底した限定性こそが、彼らを**“依頼したくなる存在”**にしている。
● 限界を定義できる人は、信頼される
- 「ここから先は自分の専門ではない」と言える人の方が、むしろプロとして信頼される。
- 限定することは「逃げ」ではなく「責任」の表れである。
5. 「何ができるかを伝える」ことは相手への配慮
相手にとっての“最適な判断”を助けるためには、自己の提供価値を明確に言語化することが求められる。
これは以下のような効果を生む:
- 適切な依頼内容に絞られる
- 成果物の期待値が一致する
- トラブルや不満が減る
- リピートや紹介が発生する
6. 「できないこと」を明確にすることの価値
- 「できること」だけでなく、「できないこと」も伝える
- 相手の期待値をコントロールできる
- 自分の能力やリソースを守ることができる
結果として、誠実な姿勢と信頼性が高まり、“長期的な協働関係”が築かれる。
7. 今こそ問うべき「プロフェッショナルとは何か」
プロとは、以下のような特徴を持つ存在である:
- 自分の専門性を言語化・提示できる
- 限界を認識し、線引きを行える
- 相手の判断と満足度を最優先に考える
- 一点突破で“選ばれる理由”をつくる
● 信頼されるプロの共通点(まとめ)
- 何でもできるとは言わない
- 明確な提供価値を伝える
- 選択肢を整理し、判断を助ける
- 相手と自分の双方にとって無理のない取引を成立させる
8. 実践のためにすべきこと
● 自分のストロングポイントを洗い出す
- 今までの実績
- 得意分野
- 他者から評価された経験
● 自分の限界を明確にする
- 苦手な業務
- 無理をすると品質が下がる範囲
- 引き受けない条件の明文化
● 自己紹介や提案文に反映させる
- 「◯◯が得意です」
- 「△△の実績があります」
- 「□□に関しては専門外ですが、紹介も可能です」
結論:「明示こそが信頼の入り口」
“何ができますか?”という問いに即答できる人ほど、選ばれ、信頼され、成果を出す。
“何でもやります”という曖昧な姿勢では、選ばれる理由が存在しない。
むしろ、自分を限定することこそが、選ばれる条件を整える行為なのだ。
「何でもやります!」と言う人は頭が悪い。では、できる人はどうする? | 「謙虚な人」の作戦帳 | ダイヤモンド・オンライン