

退職代行が社会に定着したという事実
ここ数年で急速に市民権を得た「退職代行サービス」。最初は物珍しさとともに話題になり、「そんなもの使うなんて甘えでは?」という批判的な視線も多かった。だが今やその存在は、一過性の流行ではなく、構造変化の象徴として社会に定着している。
退職代行を運営する株式会社アルバトロスの谷本慎二氏によれば、依頼者の中には15歳から83歳までの幅広い層が含まれており、背景にあるのは単なる気分の問題ではない。脅迫、暴言、無視、理不尽な業務指示……。退職代行は「辞めたい」とすら言えない人たちの“最後の手段”になっているのだ。
興味深いのは、退職代行の依頼をした人の中には「その後また別の職場で同じような壁にぶつかる」ケースもあるということ。つまり、一度目は企業側に問題があったとしても、二度三度と繰り返されるとき、今度は労働者側の職場選びや期待値にも課題がある。そうした循環的な失敗の裏で、改善されない採用構造が温存され続けている。

数字で見る、ブラック労働の規模感
谷本氏の現場感覚によれば、依頼者のうち約2割が「明らかなブラック企業」に勤務しているという。これをそのまま日本の全労働人口(約7,000万人)に当てはめると、なんと1,400万人超がブラックな労働環境にいるという推計になる。
もちろんこれは退職代行利用者に偏ったサンプルからの比率であり、統計的な補正は必要だ。しかし、実際には退職代行にまで至らない“我慢層”や“声を上げられない層”も存在することを考えれば、むしろこの数字は氷山の一角だと考えるべきだろう。
しかも、その2割を除いた6割は“明確な違法”ではないが、労働者が追い込まれていることに変わりはない。雇用形態は合法でも、現場での扱いや働かせ方が極めて不健全であることが、退職代行への依頼につながっている。
明らかなブラックでなくとも「グレー企業」がさらに深刻
退職代行の統計では、残る約6割は「会社側と労働者側のすれ違い」による離職だという。これは、制度上グレーであっても、実態としてはかなりブラックに近い職場が世の中にあふれていることを意味している:
- 求人票と実態の著しい乖離(残業時間・勤務地・職務内容)
- 教育や育成の体制がないままの現場放置
- 暗黙の圧力や精神論によるマネジメント
- 上司のハラスメントを放置する組織風土
こうした職場では、「すぐ辞める人が悪い」との空気が蔓延している。だが実際には、**辞められた企業の方にコスト的・評判的な損失が残る。**採用コスト、育成コスト、そして信頼失墜のコスト——それらは目に見えにくい形で経営を蝕んでいく。
早期離職が企業にもたらす本当のダメージ
多くの企業が「辞められて困る」と口にするが、実際に早期離職がもたらす影響は一時的な人員不足にとどまらない。むしろ、採用した人材が短期間で離職することは、企業にとって最も非効率で高コストな失敗のひとつである。
まず、採用活動にかかるコストには以下のようなものがある:
- 採用広告費(数万〜数十万円)
- 面接・書類選考に要する人事の工数
- 内定後の事務対応や準備コスト
- 初任給・社会保険料の負担
- OJTを担当する先輩社員の労力(本来の業務が停滞)
これらを積算すれば、1人あたり50万円〜100万円規模の損失が生まれることも珍しくない。しかもそれが繰り返されれば、部署の士気が低下し、残った社員の不信や不満が蓄積していく。
さらに深刻なのは、「すぐ辞めたくなるような会社に自分はいるのか」という意識が周囲にも波及することである。早期離職が続く環境では、在職者の“当事者意識”が薄れ、「自分もいずれ辞めるかも」という意識が根づきやすい。
また、ネットやSNSを通じたクチコミの拡散により、採用ブランディングそのものが崩壊するリスクも無視できない。IndeedやOpenWork、X(旧Twitter)で「辞めたい」「詐欺求人だった」といった声が一つでも出れば、次の採用活動はさらに困難になる。
**つまり、“辞められること”の損失は、“雇わないこと”より遥かに大きい。**これが経営の現実である。
世界の採用慣行と比較すると、日本の異常性が浮かび上がる
退職代行という存在を他国の労働市場と比較してみると、日本の労働環境がいかに“異質”であるかが見えてくる。特に先進国の中で、求人内容と実態の乖離がここまで放置され、労働者が自ら辞意を伝えられない構造は極めて珍しい。
以下は、日本と欧米主要国における労働者の交渉力・雇用契約・求人透明性の違いを整理した比較表である:
| 国・地域 | 求人の透明性 | 求人虚偽への対応 | 雇用契約の明確さ | 労働者の交渉力 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 低い(曖昧・誇張が常態化) | 罰則が極めて弱く、実効性に乏しい | 総合職文化で業務・勤務地が不明確 | 弱い(声を上げにくい・組合が機能不全) |
| ドイツ | 高い(詳細な職務記述が前提) | 法的に明確な訴訟対象となる | Jobbeschreibungが契約と直結 | 強い(労使協議が制度化) |
| フランス | 高い(求人段階で契約提示が常識) | 労働監督局による厳格な対応 | 業務内容が法的に保護される | 強い(スト・集団交渉が文化) |
| アメリカ | 比較的高いが“at-will”雇用で例外あり | 州によって異なるが、企業が訴訟対象に | 雇用契約が職種ごとに個別に設計される | 中程度(個人による法的主張が前提) |
| スウェーデン | 非常に高い(契約・募集ともに厳格) | 労働監督庁が介入、罰則も強力 | 職務範囲と条件が詳細に規定される | 非常に強い(組合加入率も高水準) |
これは単に制度の違いだけでなく、文化的な側面も大きい。例えば欧州では、労働者が「この条件は契約と違う」と声を上げれば、それが正当に取り扱われる。ところが日本では、「とりあえず黙って働け」「上司に逆らうな」といった空気が、いまだに支配的である。 退職代行という存在を他国の労働市場と比較してみると、日本の労働環境がいかに“異質”であるかが見えてくる。特に先進国の中で、求人内容と実態の乖離がここまで放置され、労働者が自ら辞意を伝えられない構造は極めて珍しい。
これは単に制度の違いだけでなく、文化的な側面も大きい。例えば欧州では、労働者が「この条件は契約と違う」と声を上げれば、それが正当に取り扱われる。ところが日本では、「とりあえず黙って働け」「上司に逆らうな」といった空気が、いまだに支配的である。
なぜ日本だけが「辞めること」すら難しいのか?
ここには、日本特有の文化的・制度的背景が存在している:
- 終身雇用・年功序列に基づく「裏切り=退職」思考
- 組合の交渉力が弱く、労働者が声を上げにくい構造
- 雇用契約が曖昧(“総合職”文化による勤務地・業務の無制限化)
- 求人票が契約的に機能しない慣習
これらが複合的に絡み合い、「辞める」と口に出した瞬間に“問題社員”のレッテルが貼られる職場が生まれる。つまり、退職代行とはそうした構造に対して労働者が取れる数少ない“出口”の一つなのだ。
経営者に必要な「視点の転換」
「辞めたこと」ではなく「辞めさせた原因」に向き合う
- 精神論では何も解決しない。退職は“企業へのフィードバック”である。
- 一人の離職は組織の“設計不良”のサインかもしれない。
採用は「人集め」ではなく「関係構築」
- 誠実な求人、対話のある育成、約束の遵守が信頼を生む。
- 採用時に明示された条件が守られているか?配属に納得感はあるか?その答えがYESでなければ離職は必然である。
「人件費」ではなく「人的資本」として捉える
- 採用数ではなく“定着率”が経営指標になる時代へ。
- 短期的な人件費削減で中長期の信用と人材を失っていないか、経営者は今一度見直すべきだ。
退職代行がいらない社会をつくるには
退職代行が必要とされるのは、裏を返せば職場の「出口」が壊れているからである。本来「円満な退職」も企業の責任の一部だ。そのために必要なのは:
- 面接段階から「リアルな職場環境」を伝える
- 初期教育に“聞く文化”と“話す文化”を根付かせる
- 上司研修で「部下との距離感」を再教育する
- 退職希望者と向き合うことを“対立”ではなく“学習機会”とする
また、退職を申し出る社員に対し、「裏切り者」扱いするのではなく、“組織改善のための情報提供者”として捉える意識転換が求められる。
終わりに──退職代行は“鏡”である
退職代行は決して万能ではない。谷本氏も認めるように、利用者のうち約2割は労働者側に問題がある。だが、だからといって残りの8割を無視してよい理由にはならない。
**退職代行の存在は、労働者の最後の交渉手段であり、企業の“コミュニケーション機能の崩壊”を映す鏡である。**退職代行を非難する前に、自社がどれほどの「顧客」を無自覚に送り出しているのかを振り返るべきだ。
「辞めたい」と言える社会こそが、働きたい社会の前提になる。