

はじめに:退職代行は「異常」ではない
「退職代行を使って社員が辞めた」。 この一報に、驚きや戸惑いを隠せない経営者や人事担当者は少なくない。 中には、怒りを露わにするケースもある。
だが、退職代行はもはや“異常”でも“非常識”でもない。 LINE一本で退職できる時代。気まずさ、恐怖、不信、面倒といったあらゆる感情のハードルを、代行というツールが代わって処理してくれる。 つまりこれは、ただの便利な「伝達手段」に過ぎないのだ。
重要なのは、「退職代行を使われたこと」ではなく、「社員が辞めた」という事実そのものである。
昭和と令和──雇用観の大きな地殻変動
◼ 昭和:終身雇用という“最大公約数”の時代
かつての日本企業は、「終身雇用」という圧倒的な雇用前提に守られていた。 新卒一括採用、年功序列、定年までの雇用保障──これらを軸に、企業と労働者は「逃げられない関係」を前提として成立していた。
転職市場は未熟で、再就職も難しかったからこそ、多少の不満はあっても「この会社でやっていくしかない」という“しぶしぶの同意”が成立していた。 それが、昭和的な最大公約数の正体である。
◼ 令和:多様化と流動性の時代
時代は変わった。副業・兼業の浸透、転職市場の成熟、SNSを通じた企業情報の可視化──令和は「選択肢が可視化された時代」だ。
労働者はもはや、「この会社で一生働く」などとは思っていない。 それぞれの人生、価値観、生活事情に合わせて職場を変えることが前提になりつつある。
企業の側にその認識がないと、そこに大きな“ギャップ”が生まれる。 退職代行が象徴するのは、このギャップであり、「企業はまだ昭和」「労働者はすでに令和」に突入しているということなのだ。
本当に必要なのは“対等な信頼関係”
企業にとって、社員に辞められることは確かに痛手である。 採用コスト、教育コスト、ノウハウの蓄積、現場の空気──どれも辞職者が出るたびに損なわれる。
だからこそ、多くの企業が「辞めさせたくない」と考える。 しかし、その気持ちが過剰になると、逆効果となる危険性がある。
・注意できない ・要求できない ・ルールを緩めてしまう
これでは、職場の規律が崩れ、真面目な社員や成長意欲のある人材ほど離れていく。
いま必要なのは、辞める自由と、残る意味の共存である。 労働者はもはや、拘束や忠誠で動かない。必要なのは「納得」である。
そのために企業が果たすべき役割は明確だ。
- 事業が継続し、利益を出すこと
- 社員にそれを還元すること
- 企業が目指す方向性(ターゲット)を明示すること
- 業務のプロセスを透明化し、理解を促すこと
- 社員一人ひとりの役割と意義を明確にすること
人は、目的・手段・貢献の線がつながったとき、納得して働く。 それでも辞めていく人がいるのは当然だ。だが、「なぜ辞めたのか」を冷静に見つめれば、組織のどこを改善すべきかが見えてくる。
複雑化する企業の責任──自由の時代のトレードオフ
令和の企業は、単に利益を出すだけでなく、社会的にも倫理的にも高いハードルを課せられている。
- コンプライアンス対応(労基法、ハラスメント、同一労働同一賃金)
- ESG配慮(環境、社会、ガバナンスへの責任)
- 働き方改革、多様性、人材流動性への対応
- 働きがい、成長支援、心理的安全性の確保
これははっきり言って、昔の比ではない。 昭和のように「終身雇用で囲って育てる」という一手法で、すべてを丸く収められた時代とはまったく異なる。
だが、それと引き換えに得たものもある。 それは、マイクロ起業や副業、越境学習、柔軟なキャリア形成といった“選択肢の自由”である。
社会が複雑になったということは、それだけ多様性と自由が広がったということでもあるのだ。
その複雑さを理解した上で、企業がどこに焦点を当てるか、どこを切り捨てるかを選び抜く戦略眼が問われている。
結論:辞めることは仕方がない──だから最大公約数を目指す
企業がいかに努力しても、辞める人は出る。 それは価値観の違いであり、生活の事情であり、本人の決断である。 それをすべて防ごうとすれば、逆に組織が壊れる。
企業は、社員が辞めることを前提とした上で、できる限り“辞めなくて済む環境”を設計すればよい。
- 指導は行う。成果は求める。
- 貢献には報いる。役割は明示する。
- 合わない人は、無理に引き止めない。
この前提に立って、それでも多くの社員が「ここで働きたい」と思えるなら、 それがその企業にとっての“最大公約数”なのだ。
視聴率100%のテレビ番組が存在しないように、万人を満足させる職場など存在しない。
だが、多くの視聴者に「面白い」と思ってもらえる番組は、作れる。 企業も同じである。
企業が目指すべきは“最大公約数”であり、全員ではなく“多くの人が納得できる環境”なのだ。
「とうとうウチにも来たよ…」突然鳴った“退職代行”からの電話 驚き→困惑→反省経て社長が進めた社内改革 | 東海テレビNEWS