

第1章:上司の権限とは、法的には何なのか?
あなたは職場で「上司の言うことには絶対服従」といった空気を感じたことはないだろうか。 「上司が黒と言えば黒」「逆らえば干される」「辞めたら周囲に迷惑がかかる」──。 そんな感覚が当たり前のように共有されている職場は少なくない。
だが、果たしてそれは正当なのだろうか?
法律上、「上司の権限」とは何なのか?実はここに明確な条文はない。 ではなぜ「上司には従わなければならない」という力学が生じているのか。
上司の権限とは、実態として以下のような構造から派生している。
● 上司の権限の法的な構造
| 根拠 | 内容 |
|---|---|
| 労働契約法 | 労働者は会社と契約し、会社が「指揮命令権」を持つ。上司はその一部を委任されているにすぎない。 |
| 民法(委任契約) | 上司は「業務の遂行」に関する委任を受けた立場。人格的支配や私生活への介入は含まれない。 |
| 労働基準法・判例 | 「業務上必要かつ合理的」な指示に限られ、それを逸脱すれば違法(パワハラ)とされる。 |
つまり、上司の権限とは、会社の指揮命令権の一部を「業務上の範囲で」委任されたにすぎず、部下の人格や人生を支配するような力ではない。
その本質は、あくまで「仕事を円滑に進めるための管理」である。
部下の感情や生活、信条にまで干渉するような上司がいるとすれば、それは法的にも明確に逸脱行為であり、ただの横暴である。

第2章:なぜ「支配者」として振る舞うのか──その誤解の正体
とはいえ、現実には、まるで“自分が部下を支配していいかのように”振る舞う上司が少なくない。 それはなぜか。
その背景には、組織構造の問題以上に、文化的・心理的な誤解が大きく関与している。
● 上司側の典型的な誤解
- 「会社から役職を与えられた=偉いから尊重されて当然」
- 「自分は評価する側だから、従わせるのが当然」
- 「感情的に指導してもパワハラにならなければOK」
● 部下側の思い込み
- 「上司の命令には従わないと評価が下がる」
- 「辞めたら裏切り者扱いされる」
- 「我慢すれば報われるはず」
● 背景にある日本型組織文化
| 要因 | 内容 |
| 教育風土 | 「目上に逆らうな」「空気を読め」という刷り込み |
| 終身雇用の残滓 | 上司は将来の自分、従うのが当然という幻想 |
| 擬似家族的構造 | 上司=親、部下=子という関係性の誤認 |
こうした文化や心理が組み合わさることで、実際の契約上の立場以上に「上司が偉い」と錯覚されてしまう。
実際には、上司も部下も同じ「会社から雇われている存在」にすぎない。 役割の違いはあれど、契約関係としては“対等な立場の者同士”なのだ。
にもかかわらず、上下関係が必要以上に神格化されることで、不健全な服従関係が生まれてしまう。
この“誤解の構造”を打ち壊さない限り、組織の本質的な健全化は訪れない。
第3章:雇用契約は「双務契約」であるという事実
上司と部下という関係を語るうえで、もう一つ忘れてはならない視点がある。 それは「雇用とは本来、双務契約である」という原則だ。
つまり、会社と社員の関係は、「雇ってやっている」「働かせてもらっている」という上下関係ではなく、お互いに義務と責任を負っている“契約関係”なのだ。
● 双務契約の基本構造
- 労働者:労務の提供
- 会社:賃金の支払い + 安全・適正な労働環境の整備
これが成り立って初めて、雇用契約は合法かつ正常に機能している。
だが現実には、片務契約(労働者だけが責任を負う構図)のように勘違いされる場面が少なくない。
たとえば、有給を勝手に消化されたり、休むことすら認められなかったり、明確な就業時間外に業務を強要されたり。
こうした企業は、契約の双務性を根底から無視している。 労働者が「従わなければならない」と思い込み、企業が「従わせて当然」と振る舞うことで、不均衡な支配構造が固定化してしまうのだ。
この“対等な契約関係”という前提に立ち返らなければ、労働の自由も、公平性も生まれることはない。
第4章:沈黙の構造──ミルグラム実験に見る服従心理
支配に見える上司の振る舞いに、なぜ多くの人が黙って従ってしまうのか。 ここには人間の深層心理も大きく関係している。
象徴的な実験として有名なのが、1961年にアメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムが行った「ミルグラム実験」だ。
この実験では、白衣を着た権威者が「生徒に間違えたら電気ショックを与えるように」と指示し、参加者はそれに従っていく。 生徒役は苦しむ演技をするが、電気が流れていないことは知らせずに進行する。
結果、多くの被験者が「これは間違っている」と思いながらも、権威に従い続けてしまったのだ。
この構造は、日本の職場にもそっくり当てはまる。
- 「上司の指示だから」
- 「会社の命令だから」
- 「自分で判断するのは怖い」
こうして自ら考えることを放棄し、組織の空気や命令に従うという沈黙の構造が完成してしまう。
だが、この沈黙こそがブラック職場を延命させ、健全な労働環境の妨げとなっている。
第5章:欧米との比較──「叱責」もあるが「主張」もある
欧米の職場事情を見てみよう。 アメリカでもフランスでも、業務の成果や態度に対する叱責は存在する。 だが同時に、それを受けた労働者が堂々と反論したり、労働組合を通じて抗議したり、最終的にはストライキに発展することも珍しくない。
| 国 | 上司の叱責 | 労働者の主張 | 特徴 |
| アメリカ | 成果に厳しい指摘は多い | 訴訟・離職で抗議 | 契約主義・個人主義 |
| フランス | 感情的なやり取りも多い | スト・デモが活発 | 労働者の声が大きい |
| ドイツ | 合理的・冷静な指摘が主 | 協議会による制度交渉 | 制度的な対等性 |
| 日本 | 感情的な叱責が温存 | 主張しにくく、沈黙傾向 | 上下関係が濃い |
つまり、叱責が悪なのではなく、反論や交渉ができない環境こそが問題なのだ。
日本では、上司からの叱責は受け入れられても、部下からの正当な主張は「空気が読めない」とされやすい。
この一方通行の構造が、権力の濫用や心理的支配を許してしまう土壌となっている。
第6章:会社も上司も「絶対」ではない──まずは思い込みから解放せよ
「上司に逆らってはいけない」「会社は辞められないもの」──。 もしあなたの中にそんな思い込みがあるのなら、そこから解放されることが第一歩だ。
正当なことを正当に伝える勇気は、「相手を絶対だと思わないこと」からしか生まれないからである。
正しい主張を伝えるのは当然の権利であり、その結果として職場に改善が起これば理想的だ。そうならなければ辞めるという選択もできる。
辞めることは敗北でも逃げでもなく、対話を諦めて「相手と契約関係を解消する」というだけの行為である。簡単に言えば「変われない会社を見捨てる」ということだ。
● 「辞める」は自然な選択肢
- 上司や会社が理不尽なら、改善を求めてよい
- 求めても変わらなければ、辞めてもよい
- あなたが辞めたことで会社が潰れるなら、それは会社の責任である
人がいなくなった会社は、その分の仕事を失う。
そうやって会社の淘汰は進んでいくのだ。それは自然なことだ。
第7章:支配からの卒業──行動は「自分の意思」で選べる
日本の労働文化では、辞めることに後ろめたさを感じさせる空気がある。 「仲間を裏切るのか」「迷惑をかけるな」「お前が辞めたらこの部署はどうなる」──。
しかし、こうした言葉を言う権限など、会社にも上司にも無い。あなたが従う義務も無いのだ。
● 意識を変えるための前提
- 上司も、あなたと同じただの“雇われ人”
- 会社は無数にあり、あなたには働く場所を選ぶ権利がある
- 嫌なら辞めていい。それは裏切りではなく、契約の終了にすぎない
重要なのは、「自分の居場所はここしかない」などと思わないことだ。縛られれば利用される。
会社は「利用してやる」くらいの気持ちでちょうど良い。
結論:支配の幻想を終わらせよ
上司の権限とは何か?
それは「支配」ではない。
上司とは単なる業務進行の「役目」であり、それに手当がついているだけの存在である。
にもかかわらず、それを支配だと錯覚し、振る舞い、そして労働者もそれに従う──その幻想構造が、日本の職場を苦しめている。
正しい認識を持った労働者が増えれば、歪んだ企業は自然と淘汰される。
それでいいのだ。それこそが、この国の労働健全化の一歩となる。
「有給を勝手に使われるとか理解できない」 退職代行68回の製造メーカー、辞めた20代女性のエピソード(ねとらぼ)