

序章|地方は「同じ条件」では勝負できない
元記事にあるように、鹿児島県日置市が打ち出した「東京の給料には勝てない。なら働き方で勝負する」というメッセージは、地方創生の文脈において一つの転換点を示している。
まず強調しておきたいのは、この方向性そのものは間違っていないという点だ。
地方が都市部と同じ条件で人材を奪い合うことは、構造上ほぼ不可能である。
にもかかわらず、日本では長らく「地方にも魅力がある」といった精神論が繰り返されてきた。その結果、人材は都市部から動かず、または地方から人材の流出が続き、疲弊し続けてきた。
今回の日置市の試みは、少なくともこの幻想から一歩離れ、「給料勝負から降りる」という現実的判断を下している。この点は、評価されるべきである。問題は、その先だ。

第1章|都市部と地方の労働環境差は、もはや議論の余地がない
まず、都市部と地方の労働環境差を整理してみよう。
都市部と地方の労働条件差(概念比較)
| 観点 | 都市部 | 地方 |
|---|---|---|
| 平均賃金 | 高い | 低い |
| 求人数 | 多い | 限定的 |
| 転職・出世機会 | 豊富 | 少ない |
| 企業密度 | 高密度 | 低密度 |
| 情報量 | 圧倒的 | 少ない |
| 住環境・交通・アクセス | 良好 | 不利 |
| キャリア再挑戦 | 容易 | 困難 |
この差は、努力不足や工夫不足で生じたものではない。都市集中型の経済構造そのものが生み出している差である。
地方は、この格差自体は大前提として、「ではどうするか」ということを考えなければならないのだ。
したがって、
「地方でも同じ条件で働ける」
「気持ちがあれば地方を選べる」
という主張は、労働市場の現実を無視している。
ここから導かれる結論は明確だ。
地方は条件の平準化では勝てない。
勝つなら、土俵を変えるしかない。
裁量、余白、生活設計、仕事の全体性。
日置市が掲げる「働き方で勝負する」という戦略は、この文脈では極めて合理的である。
第2章|「若者や女性に選ばれる職場」というフレーミング
ここまでを見ていると、日置市の「東京の給料には勝てない…なら働き方で勝負」という方針に間違いは無い。
しかし、問題は以下の表現だ。
「若者や女性に選ばれる職場」
一見すると、採用現場で良く聞かれる言葉だ。人材募集でも「同年代が活躍」「女性が働きやすい職場」などの言葉が躍ることは多い。
だが、このフレーミングは働きやすさのアピールとは真逆の意味を持つ。
それは、「中高年は、最初から想定していない」という無言のメッセージだ。
もちろん、雇用対策法の観点から年齢制限を人材募集時に明示することはできない。だが、採用の現場を動かしているのは法律よりもその募集者の価値観である。
- 求人票の文言
- 面接時の質問
- 「うちに合う人」という曖昧な評価基準
これらには、経営者や組織の本音が必ず滲み出る。
「若者」「女性」という言葉を主語に置いた瞬間、年齢や属性で入口を狭める思想が生まれている。
それは、「人が来ない」と言いながら、まだ自分たちだけが選ぶ側だと考えている証拠でもある。
本当に人材が来ない、困っているというのであれば、「若者・女性に来て欲しい」などという言葉は出ないはずだ。
これはつまり、「都合よく使えて給与も抑えられる若者・女性に来て欲しい」というメッセージであり、単純労働力として移民を求める経営姿勢と同様なのだ。
第3章|地方が本当に必要としているのは「人材のスライド」だ
都市部と地方の格差を埋める手段として、補助金や制度整備が語られることは多い。しかし、それらは決定打になっていない。
理由は単純だ。人材の配置そのものが変わっていないからである。
本来、人材が企業を移動≒スライドすることで、その人材の持っているスキル・ノウハウ・知見・人脈などが新しいリソースとなり、もともと自社にあるリソースと反応を起こして、事業が活性化する。
ある会社で古い、競争力を失ったと見られたこれらリソースも、他社や企業スケールが下がることで競争力を再び得るというのが、人材の流動化の一番の意味だ。
そうして、経済の上から下、全国津々浦々に活性化の恩恵が及んでいく。
つまり、地方が本当に求めるべきは、次のような人材だ。
- 都市部の働き方に違和感を覚え始めた人
- 大企業で年齢や組織再編によりニーズが下がった人
- スキル・経験・知見を持ちながら、裁量を失っている人
彼らは「能力が足りない人」ではない。
都市部の高密度・高競争型労働市場とミスマッチを起こしただけの人材である。
地方が提供できる価値は、都市部で得にくいものでなければならない。
- 給料は下がる
- だが、裁量は増える
- 能力を必要とされる
- 仕事の全体像が見える
この非対称な価値を、正直に提示できたときにのみ、人材は動く。
なお、この構造は、中小企業が大企業に倣って「若者歓迎・未経験OK」に偏り、中高年を蔑ろにしてきた採用・雇用構図と酷似している。中小企業も、人材スライドを上手に使って、自分たちに提示できる条件の範囲内で上位ノウハウ・上位スキルを自社事業に取り込むのが本来の採用でできる成長戦略なのだ。
日置市が「若者や女性に選ばれる職場」とフレーミングすることで、人材流動化の価値を失っているのは間違いない。
第4章|地方×中小企業こそ、大企業ノウハウが必要な理由
日置市のような地方では、中小企業が経済の主役となる。だからこそ、しばしば「中小企業らしさ」「家族的経営」「地域密着」が美徳として語られる。
だが、その結果どうなったか。
- 属人化
- 評価の不透明化
- キャリア不在
- 若者が来ない
- 中堅が育たない
これらは偶然ではない。大企業が長年の失敗の末に捨ててきたやり方を、地方が今も続けている結果である。
本来の中小企業は、大企業ほどでは無い組織規模感を活かして、社内人材全体に目を配り、多様な人材を上手に組み合わせて価値を生む。小回りが利くからこそ、時には大企業にも匹敵するような価値を生むことがある。少数精鋭こそが中小企業の要であり、そのためには”実績あるキャリア”こそが必要なのだ。
地方の中小企業に本当に必要なのは、大企業型スタイルではない。
大企業の成功知・失敗知である。
- 大企業ならではの業務の進め方
- 透明性・データを重視する意思決定の仕方
- 交渉ノウハウ
- 商品・サービスを生むマーケティング
- 広告・広報プランニング
- 価格・利益設計
- 組織・プロジェクトの動かし方
- 人事・採用プランニング
- リスク・トラブルへの向き合い方
- 外部との付き合い方
こうした知見が、地方の中小企業において、自社内に無かった価値を新たに生むようになる。
そのためには、それを体験してきた人材ごと取り込む必要がある。
経験が不足している人材では、いくら採用しても「従来業務のコピー」しか出来上がらないのだ。
第5章|年齢や性別で切る採用は「スキルを見ていない」宣言である
採用に選別はもちろん必要だ。
頭数があれば誰でも良いという採用は、組織にとっても本人にとっても不幸である。
しかし、第一フィルターが年齢である理由はどこにもない。
本来、採用判断の順序はこうあるべきだ。
- 必要な役割・成果要件
- 応募者のスキル・経験
- 働き方の前提条件
- 価値観・文化の適合
- 年齢(参考情報)
採用を行う理由=必要な役割・目標とする成果達成の見込みを設定し、それに応えられる人材スキル・経験を判断し、その該当者を採用したい条件を設定し、それで働きたいという応募者と会社の価値観・文化を擦り合わせる。それが採用だ。
年齢や性別を前に出すということは、スキルも経験も要らない、うちの会社は仕事と成果を定義できていないという自己申告に等しいのだ。
第6章|いまは「企業」も選ばれる立場である
昨今の採用市場では浸透してきたことだが、いまは「企業も選ばれる立場」なのだ。
採用とは、一方的に就職希望者を選別するだけのイベントではない。つまるところ、企業と人材のマッチングである。
だからこそ、圧迫面接などは激減したし、職場環境を整える、または初任給戦争などが起こるようになった。
就職希望者が地方と都市部とを比較した場合に、同じ雇用条件であれば、
- アクセス
- 住環境
- 情報量
で地方は多くのケースで不利になる。
だからこそ、地方企業は入口を広く持つ覚悟が必要なのだ。
- 若者に限定しない
- 女性に限定しない
- 中高年も含める
- 都市部からのスライド人材も含める
間口を広く取ったうえで、自社のニーズに沿って選別をする。だが、属性で入口を切らない。
これは「年齢を持ち出すと採用市場での企業イメージが悪い」といった対外的なポーズの問題では無い。
やたら人数だけを確保して「肥え太る」ことなく、筋肉質体質の企業となるために必要なことだ。
そして、そのような企業姿勢を就職希望者も見て、自分が働きたい会社のイメージの枠内にあるかどうかを判断している。
これが「企業も選ばれる側」にいるということだ。
終章|「新しい外見」ではなく「新しい価値観」が必要だ
フレックス、副業、リモート、ウェルビーイング。
これらはすべて外見である。新しいフレーズは心地が良い。
しかし、社内の雇用・採用の価値観は文言・文脈の端々から透けて見えるものだ。
価値観が古いままでは、結局必要な人は引き付けられない。
- 選ぶ側から選ばれる側へ
- 属性から役割へ
- 精神論から構造へ
日置市の試みは、方向としては正しい。だが、本当に横並びをやめるなら、価値観まで降りる必要がある。
地方が変わるには、制度を変えるだけでは足りない。人を選び方を変えることである。
「東京の給料には勝てない…なら働き方で勝負」――若者や女性に選ばれる職場に 日置市が市内22社と共同体、3年かけ対話へ(南日本新聞)