無理やりな「70歳現役」設計よりも中高年フル活用を優先せよ(2026.2.17)

序章|「70歳現役」というスローガンの違和感

「70歳まで働ける社会へ」。
近年、この言葉は疑問を差し挟みにくい“善”として流通している。少子高齢化、年金財政の逼迫、労働力人口の減少――これらの課題を前に、就業年齢の延伸は合理的に見える。企業も制度整備を進め、70歳までの就業機会確保は広がりつつある。

だが、冷静に考えてみたい。
本当に日本社会が優先すべき政策は「70歳現役化」なのか。

ここで問題にしたいのは、高齢者への否定ではない。極論、能力があるなら何歳でも構わない。
だが、社会全体の資源配分として見た場合、順序は適切かという問いである。
高齢就業を拡張する前に、活かしきれていない世代はないのか。
70歳政策が注目を浴びる一方で、50代・60代という「現役中核世代」の扱いは本当に最適化されているのか。
この視点が抜け落ちたまま議論が進んでいるなら、スローガンは現実から浮きかねない。


第1章|政策の目的と手段を取り違えていないか

70歳現役化政策を推進する政府の目的は明確だ。

・労働力人口の維持
・現役並みの社会保障料を徴収し続けることで社会保障財政を安定化
・在職老齢年金制度等により、全体支払額を抑制して年金制度を持続させる

70歳継続雇用の推進はそのための「手段」にすぎない。
極論で言えば、労働者のことを考えて実施している政策では無い。

ならば問うべきは、どの年齢帯をどう活用すれば最も安定した生産性を確保できるか、である。
「生涯現役」「人生100年時代」といった美辞麗句を駆使して、高齢者を焚き付けることが本当に、国全体の生産性向上のための優先順位として高いのだろうか?

ここでの答えは「否」だ。ほかに優先すべきポイントがある。
一般に、50代から60代前半は、経験と判断力が成熟し、なお体力も一定水準にある世代だ。業務の再現性、トラブル対応能力、後進育成能力のいずれも高い。多くの職種において、この世代は“最適能力帯”である。
しかし現実の政策議論は、その中高年活用構造の改善よりも、「出口年齢の延長」に焦点が当たる。これは順序が逆ではないか。50代・60代を最大化せずに70代へ射程を伸ばすのは、屋台骨を強化せずに天井を高くするようなものだ。

政策が手段を目的化していないか。ここを見誤れば、制度は整っても成果は出ない。


第2章|「70歳社会」は本当に現実的か

誤解を避けるために一言申しておきたい。
年齢で一律に可能性を否定するべきではない。80歳でも卓越した能力を発揮する人は存在する。ニーズとサプライが合致するのであれば、80歳だろうとも日本社会において大切なピースだ。

しかし社会設計は例外ではなく中央値で考えるべきだ。
現実を見れば、70代以降になると、健康リスクは上がり、個体差は拡大し、パフォーマンスの安定性は下がる傾向がある。体力や認知負荷の制約も現実だ。
以下は、厚生労働省、スポーツ庁、東京都健康長寿医療センターなどの公的調査データからまとめたものである。

■ 70代以上の雇用継続妥当性に関する客観指標

分類主な傾向・重要指標雇用上のポイント
身体機能筋肉量は若年ピーク比で約30%低下
握力はピーク比で約20~25%低下
サルコペニア有病率(筋肉量+筋力+身体機能低下)は後期高齢層で30~40%台に上昇
重量物・長時間立位・持久的作業では競争力低下
転倒・骨折リスク上昇
認知機能65歳以上の約28%が軽度認知障害相当を含む
75歳以降で認知症有病率は10%超に上昇
処理速度・注意力は加齢で漸減
マルチタスク・高速判断・新規学習で不利傾向
安全確認・ヒューマンエラー増加リスク
労働安全死傷年千人率は若年層の約2倍水準
転倒・墜落発生率は若年比3倍超の業種あり
現場作業・危険作業では事故コスト増大
休業期間は長期化傾向
就業率実態就業率は70代前半で約3割台まで低下
就業形態はパート・軽作業中心
フルスペック現役層としての継続は限定的
業務再設計前提で活用が必要

このようなデータを見たときに、広範に70代を現役層と想定する社会は、本当に安定構造と言えるのか。
むしろ重要なのは逆である。
70代が働かざるを得ない社会は、50代・60代を十分に活かせていない社会ではないのか。
50代・60代の能力を最大活用化し、経済的基盤を厚くして、70代は“働かされる”ではなく“働かなくてもよい”も選べる。
後者のほうが持続的で、個々人の尊厳にもかなう。

改めて言うが、70歳現役は否定しない。やる気があり、能力とニーズがあれば、社会参加に問題は無い。
だが、それを主軸に据えることが合理的かは別問題だ。


第3章|50代・60代という「重要能力帯」の放置

前章において、50代・60代の能力を最大活用化し、経済的基盤を厚くするという話を説いた。
では、実際には日本企業、および日本経済はこの世代をどう扱ってきたか。

  • 役職定年で裁量を縮小
  • 早期退職でコスト削減
  • 再雇用で処遇半減
  • 転職市場では門前払い

仮に形式上は雇用継続でも、実質的には”窓際”に追いやられるケースが多い。
また、新天地を求めて早期退職→転職活動を行った場合でも、スキルや経験以前に年齢で忌避されるケースが多々ある。
企業の人材募集について、年齢条件の掲載は労働施策総合推進法において禁止されているが、実際には人材募集時に「長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、若年者等を期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用する場合(例外事由3号イ)」等を付加して、年齢制限を正当化しているケースが多い。

しかし、先述の通り50代・60代は、単なる延長戦ではない。その能力を社会に組み込むべき理由がある。

  • 組織の暗黙知を把握
  • 取引先との信頼関係を保有
  • 若手を教育できる
  • リスクの芽を察知できる

上記のようなリソースを提供できるこの世代をコスト視し、成長の終点と見なす設計は、得難い経験資本の浪費に近い。
技能継承の難しさを嘆く一方で、継承の要となる世代を排出対象とする。この矛盾が、労働市場の効率を下げている。
50代・60代の活用が最適化されない限り、70歳政策は企業や国の「正しいことやってますアピール」でしか無いのだ。


第4章|人手不足の正体は何か

企業は「人手不足」と訴える。しかし同時に、50代以上の中途採用に消極的な企業は少なくない。
不足しているのは本当に「労働力」か。それとも「都合の良い若年労働力」か。

新卒一括採用は、年齢で人材を一括処理する制度だ。そこでは能力よりも生年が優先される。若さは“ポテンシャル枠”として価値づけられ、50代は“ピークアウト”と見なされがちだ。

企業側の年代別採用意欲率(中途採用を中心に)

※マイナビ、エン・ジャパン、LIFULL等調査によるまとめ

年代採用積極度・意欲のデータ
20代「最も採用したい年代」32.5%(最多) 20-40代全体で積極的:80%超
30代「最も採用したい」21.5% 20-40代積極的:80%超
40代「最も採用したい」3.5%(急落)
50代「最も採用したい」1.0% 積極的:68.4%(前年比+2.2ptだが他年代より低い)
60代以上「最も採用したい」0% 65歳以上積極採用:21.0%のみ

企業が若手を積極的に求める背景

「企業の中長期的な成長を目指す上で、新卒+若年層を育成するのが有効な戦略」(最も強調)
「20代後半・30代経験者より採用しやすい」(売り手市場でも若手は比較的確保可能)

中高年・高齢者を採りたくない主な理由

「人件費(期待年収)が高い」
「即戦力期待が強いが、ミスマッチリスクも高い」
「若手育成枠を優先したい」

上記のデータから見て取れる通り、日本が不足しているのは、労働供給そのものではない。
安価で、従順で、企業文化に染め上げやすい若年層だ。
この社会構造を放置したまま70歳継続雇用を広げても、根本矛盾は解消されない。
年齢志向を温存したままでは、限られた能力リソースを有効活用できないのだ。


第5章|日本の労働市場は“年齢志向の奴隷”

「若者重視」「高齢活躍」は対立概念に見える。
しかしいずれにも共通しているのは「年齢基準」で人材を語る点だ。

  • 35歳の壁
  • 学年同期昇進
  • 役職定年
  • 定年後再雇用

すべて年齢で区切られた概念だ。

日本の労働市場は、能力志向ではなく年齢志向に支配されている。
年齢は事実であり、トータルの戦力地と比例するものでもあるが、主たる評価軸ではないはずだ。本来の主変数は能力、実績、再現性、役割適合性である。

カテゴリピーク年齢(頃)以降の傾向主な出典・研究例
処理速度・新しい問題解決力・流動性知能全体18〜35歳頃(多くは20〜30歳前半)急落開始(30歳以降徐々に低下)Hartshorne & Germine (2015), Skirbekk (2004), 一般的な流動性知能研究
全体的な生産性・職務パフォーマンス35〜50歳(多くは40代前半〜中盤)ゆるやか低下だが50代でも高い水準維持可能Feyrer (2007): 生産性成長ピーク40〜49歳 Skirbekk (2004): 30〜40代最高、50歳以降有意低下
総合認知機能(結晶性知能の影響大)55〜60歳頃中高年以降のピーク(総合機能として)ハーバード大・MITなど大規模調査(Hartshorne & Germine 2015関連)、最近の統合研究

パフォーマンスは総合力で行われるものだ。上記のデータを見ても、年齢と共に得られるものは多い。
しかし日本では年齢が第一フィルターになる。候補母集団が年齢で削られ、役割も年齢で想定される。
ここを改めない限り、どれほど制度を整えても、構造は変わらない。


第6章|本当に優先すべき改革

今後の人口ピラミッド的に、日本は若返りを選べない。若者は減る。それは避けることが難しい事実である。
ならばまず為すべき合理的選択は、主力能力帯の最大化だ。
政府が優先すべきは、

  • 50代・60代の雇用流動化支援
  • 年齢フィルター慣行の実質是正
  • 役割基準評価の普及

これらを社会の約束事として浸透させる必要がある。
一方、企業が是正すべきは、

  • 年齢連動昇進
  • 役職依存型設計
  • 早期ピークアウト思想

上記のような時代背景を無視した労働力観だ。
50代・60代は意思決定精度、調整能力、リスク管理能力が高い。
ここを活かさずに若返りを志向するのは、短期的コスト合理性、つまりは「目先のカネが惜しい」というさもしい金勘定にすぎない。

「70代でも働ける」などという正義面ポーズではなく、50代・60代の能力活用を最大化する。
これがすぐにでもできる、現実的に持続可能な設計なのだ。


終章|年齢社会から能力社会へ

繰り返す。年齢を無視せよと言っているのではない。加齢の現実はある。
だが、年齢を主語にし続ける社会は、能力を取りこぼす。

70歳現役社会を掲げる前に、50代・60代を最大限活用する社会を作るべきだ。
そこが整えば、70代は「働かされる」ではなく「働かなくてもよい」を選べる社会となる。

日本に必要なのは、
年齢社会の延長ではなく、徹底的な能力社会への転換だ。

問題は高齢化そのものではない。年齢志向から抜け出せない思想である。
そこを変えなければ、政策も企業改革も本質に届かない。

元記事:「65歳定年」は通過点――70代現役が当たり前になる…高年齢者雇用統計が映し出す、日本企業の“静かな人材転換”(THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン)