

序章|5月に消えた「期待の新人」――問われているのは誰か
入社式では誰よりも目を輝かせていた。面接でもやる気が漲っていた。
それがGW明けに、退職代行サービス経由で辞表を送りつけてくる。上司は本人と一度も話せないまま、その新人を失ってしまう。昨今の新卒社員事情だ。
退職代行サービス「モームリ」のデータによれば、2025年度の新卒社員における4月の利用者は487人と、前年比でおよそ2倍に急増した。厚生労働省のデータでも、大卒新入社員の3年以内離職率は34.9%、うち1年目だけでも10.9%にのぼる。約10人に1人が、1年もたずに職場を去っているのだ。
「まさか、あの子が」という驚きを繰り返さないために、まず「若者の問題」という言葉を一度手放してほしい。
構造として、以前とは既に多くが変わっているのだ。それを問い直すところから、この議論を始めたい。

第一章|「3年耐える」が幻想になった日
「とりあえず3年は働け」という言葉は、すでに確実に崩れている。
Job総研の調査では、社会人の94.3%が「退職への心理的ハードルが下がっている」と回答している。退職代行を使えば上司と一言も交わさずに退職が完了する。
マイナビの調査によれば、社会人1年目の約7割がすでに転職の意向を持っているという。
そこに輪をかけているのが、SNSによる「比較の加速」だ。
X(旧Twitter)やInstagramを開けば、「入社1ヶ月でプロジェクトを任された」「年収が上がった」という同世代の投稿が日常的に目に入る。それがリアルな話であれ多少盛られていたとしても関係ない。
パーソル総合研究所の調査では、入社後にリアリティーショックを感じた新入社員は76.6%にのぼる。その76.6%がSNSで「自分だけが損をしているのではないか」という感覚と重なるとき、若者の心は驚くほど早く揺れる。
「3年耐える」が通用していた時代は、情報が少なく、選択肢も限られていた。
「合わないと思えばすぐ次を探す」という行動を「忍耐力の欠如」と呼ぶのは、時代を読み誤った批評にすぎない。
第二章|「放任」と「囲い込み」どちらも通用しない
新人の離職を止めようとするとき、管理職がしてしまう失敗の一つは放任主義、もう一つは過度な関与(囲い込み)だ。
「最近の若者は干渉を嫌がる。自主性を尊重したほうがいい」。そう考えてあえて距離を置く管理職は多い。
しかし、元記事中にもあるように、新人が嫌がるのは「干渉」ではなく「監視」と「放置」だ。
仕事も教えてもらえない、何をすれば良いかもわからない、しかし信用もされていない。監視付きで座席に留め置かれているだけだ。このような状況で、自身の成長を感じることなどできるはずがない。
自主性を重んじると言うのは、基本の共有やゴールの設定というビジネスのベースの上で、行われるべきものだ。
一方の囲い込みとは何か。
それは、自社に「染め上げよう」という試みだ。合理性の無い会社の独自ルールの設定、「全体を見るために必要だから」という自社都合の説明で本人の意向を無視した人事配置やジョブローテーションなどがこれに当たる。
現代の若者にとって、これは「自分のキャリアを尊重していない」という明確なシグナルとして受け取られる。
彼らが求めているのは、その中間にある「意図的だが、押し付けではない成長支援」だ。
放任でも監視でもない、後押しとしての関与のあり方を実践できているかどうかが、定着率に大きな差をもたらす。
第三章|出世より「どこでも通用するゼネラリスト」
現代の若者のキャリア観を理解するには、「ゼネラリスト」という言葉の意味が変わったことに気づく必要がある。
かつての大企業でのゼネラリストとは「自社内のどの部署でも通用する人材」だった。
しかし今、若者が求めるゼネラリストは「ポータブルスキルを持って社内外、社会のどこでも通用する人材」だ。
| 項目 | 従来型ゼネラリスト | 現代の若者が求めるゼネラリスト |
|---|---|---|
| 通用する範囲 | 自社内 | 社内外・業界横断 |
| キャリアの主導権 | 会社(ジョブローテーション) | 本人(ポータブルスキルの蓄積) |
| 出世への意識 | 役職・ヒエラルキーを登ること | 仕事内容・裁量をコントロールする手段 |
| 離職に対する感覚 | 「裏切り」「根性なし」 | 合理的なキャリア選択 |
若者の管理職志向の低下も、これらと同じ文脈で理解できる。
パーソル総合研究所の調査では、「現在の会社で管理職になりたい」と答えた人はわずか16.7%だった。
これは単純に「若者たちのやる気の無さ」を示しているのではない。社内と言う狭い世界での立場=役職の獲得よりも、仕事の内容と「どこでも通用する自分」を優先した結果なのだ。
キャリアアップは転職によって実現できる、と彼らは既に知っている。
第四章|ワン・クラブ・マンは諦めた
ここで、一つ興味深い矛盾がある。就活生の終身雇用志向は文系41%・理系43%程度と依然として4割を超える。
一方で、新卒1〜3年目の「いずれ辞めたい」は約7割(68.1%)に達する。
この二つのデータは、一見すると矛盾しているように見える。
しかし矛盾ではない。若者は「希望」と「不安」のはざまをドリフトしているのだ。
本音を言えば「可能なら安定した会社で終身雇用的に過ごしたい」。
しかし現実を見れば、中高年のリストラが続いているのを彼らは見ている。2025年は上場企業の早期・希望退職募集が1万人を超え、大手でも「黒字リストラ」が相次いだ。
さらにZ世代の68%がAIによる業務自動化に不安を感じているというデータもある。親世代や先輩社員がリストラされる姿を見て育った世代が、「大手に入れば安泰」と信じられるはずがない。
スポーツ界には「ワン・クラブ・マン(一つのクラブに長く在籍し続ける選手)」という言葉がある。以前は、多くのワン・クラブ・マンが存在し、引退後もクラブのレジェンドとして愛され、時にクラブの経営に関わったりもした。
しかし1995年のボスマン判決以降、選手の移籍自由度が大幅に上がり、世界的な選手市場が単一化・流動化した。結果、各クラブが優秀な選手を求め、選手も良い報酬・条件・プレー環境を求めてクラブを移ることが、合理的な選択となった。
若者の本音は「安定したい」。しかし現実を見たとき、「どこでも通用する自分」を作ることが、最も合理的な選択なのだ。
第五章|「三面等価の法則」を社会のルールとして渡す
では、管理職は新人に何を伝えるべきか。ここで有効な概念が元記事中の「三面等価の法則」だ。
仕事には必ず次の三つがセットで存在する。
- 責任――任された職務をやり切ること
- 権限――その職務を全うするために、分からないことを上司・先輩に相談できる権利
- 義務――仕事の進捗状況を報告・説明する義務
重要なのは、この法則をどのような文脈で伝えるかだ。「うちの会社ではこうなっている」という伝え方をした瞬間、ポータブルスキルを重視する若者はそれを「自社都合のルール」として受け取る。社内ルールへの服従は、「自分のキャリアと無関係な拘束」に映りやすいからだ。
「三面等価の法則」は、どのような会社、仕事であっても、通用する原則だ。「どんな会社に行っても、どんな業界でも、仕事を任されたら責任・権限・義務の三つが必ずついてくる。これを使いこなせる人間が、どこでも信頼される」。こう言うだけで、同じ内容が「自社ルール」から「市場価値を高める武器」へと変換される。
そして、何度でも共有すること。原則は何度でも伝えれば良い。「初心忘るべからず」とはそういうことだ。
第六章|「長期人材の幻想」を捨て、成長共有マインドへ
現代では、管理職として大きなマインドシフトが求められている。
それは、「すぐに辞められる」と「5年後・10年後に辞められる」は、まったく意味が違うということだ。
前者は投資回収すらできないまま人材を失うことだ。採用コスト・教育コスト・残されたメンバーへの負担は想像以上に大きい。だからこそ早期離職の防止には全力を尽くすべきだ。
しかし5年後・10年後の離職は別の話だ。Z世代の「1社定着意向」は38.1%。
最早、新卒社員に「長期人材」を期待すること自体が幻想なのだ。もちろん例外はある。しかし、その例外を前提に組織設計をするのはナンセンスだ。
| 従来の発想 | 転換後の発想 |
|---|---|
| 長く在籍することが忠誠の証 | 在籍期間中に最大限貢献し合うことが目標 |
| 辞めることは「裏切り」 | 良い卒業生として送り出すことが成功 |
| 育成は将来の回収のための投資 | 育成は在籍中のパフォーマンス向上の手段 |
| スキルは自社内で発揮するもの | 社外でも通用するスキルを一緒に磨く |
先述の通り、囲い込み、刷り込みというアプローチは現代の若者に通用しない。
むしろ、「君のポータブルスキルをここで磨こう。在籍中に市場価値を高め合おう」というスタンスを取る組織のほうが、若者から信頼される。皮肉にも「現代のワンクラブマン」を生む可能性を高めるのだ。
終章|「裏切り」という感情を手放したとき、何が生まれるか
最後に、一つの感情について話したい。
「せっかく育ててやったのに、裏切りやがって」。
この言葉を、心のどこかで思ったことのある管理職は少なくないはずだ。
しかし、この感情こそが、若者の信頼を最も遠ざける根本原因だ。
その感情を手放したとき、何が変わるか。
「育ててやった」が「会社も一緒に成長できた」に変わる。「裏切り」が「良い人材を育てる経験ができた」に変わる。
そのスタンスを若者が感じ取ったとき、初めて本当の信頼が生まれる。
信頼が生まれた組織では、不思議なことが起きるものだ。去るはずだった人間が残る。外に出た卒業生が顧客として戻ってくる。転職者がいい口コミを広げ、優秀な人材が集まってくる。
そしてごく稀に、例外的な献身を持つ「現代のワンクラブマン」が生まれる。
大事なのは、その例外を期待して全体を設計するのではないという点だ。
成長を共有するマインドを持った組織は、長い時間をかけて醸成していくものだ。つまり、その組織には当たり前にあるものでなければならない。そのためには、今すぐにでも始めなければならない。
変わることを躊躇している時間は無い。
管理職の仕事は、人を縛ることではない。人が仕事をする場所、結果として成長できる場所を作ることだ。
そしてそのような場所は、人は自然と留まりたくなるものだ。
元記事:4月の「期待の新人」が5月に消える理由――「放任主義」上司が支払う代償(ITmedia ビジネスオンライン)