Z世代に「メールもできない」とマウントしても何も生まれない(2026.5.19)

序章|「若い人はメールもできない」というマウントはおなか一杯

今回のコラムは少しいつもとは違う視点から始めたいと思う。
元記事において、『「メールにファイル添付」ができない大学生』として、若い人たちがメールに親しんでいない、ノウハウが無いという世相が示されている。
元記事の筆者は成蹊大学特別客員教授であり、かつITジャーナリストであるため、学生たちに対してそのような印象を抱くのだろう。

確かに現象として、Z世代のメール経験不足は事実だ。
元記事にもあるように、コミュニケーションで使うツールとして、メールの割合は21.6%止まりであり、またyaritoriの2025年調査でも、社会人前で「メールほぼ未経験」4割超、「送信未経験」も多数。仕事で「メールが苦手」と感じる人が6割近くいるというデータもある。

しかし今回のコラムで取り上げる点はそこではない。Z世代のメール経験不足を指摘する態度そのものについてだ。

「私が教えてやろう」「我々世代が教えなければ」という上から目線のマウントが、記事全体からにじみ出ている。
これはメールに限った話ではない。上司から部下へ、中堅から若手へ日常的に繰り返されるマウント文化の典型例であり、ビジネス社会のあらゆる側面で生産されているハラスメントの温床である。

本稿では、このマウントの危うさを明らかにし、真に成果を出すための「共有型マネジメント」を提示する。

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第1章メールは「その時代の最適解」に過ぎなかった

メールがビジネス通信の主役だった時代は確かにあった。
現に、私たち世代が社会人になった頃、メールは最もフォーマルで記録性の高いツールだった。

しかしそれは、その時代の最適解に過ぎない。
Z世代に代表されるSNSネイティブ世代にとって、LINEやInstagram DM、AirDropなどが日常の通信手段だ。ビジネスチャットが普及し、生成AIが文章を瞬時に生成する今、日常生活においてメールは自然にその役割を縮小させつつある。

現時点のメール業務負荷(2025年調査まとめ)

項目実態値備考
1日平均送信数12.33通
1日平均受信数52.27通受信が圧倒的
1日の対応時間約2時間26分業務時間の約3割
AIによる作成短縮効果作成時間は従来の1/10以下生成AI活用層で顕著

この表が示すように、ビジネスシーンにおいてメール対応は確かにまだ重い。業務時間の約3割がメール関連というのも事実だ。
しかし昨今のAIの登場によって、作成フェーズは劇的にチープ化している。1通に5〜10分かかっていた作業が数十秒で下書きできる時代だ。

この流れはメールだけではない。すべての業務で同様のことが起きている。
例えば管理部門ではかつてはExcelファイルがあちこちに散在し、議事録はWord、進捗はTeamsのチャット、顧客情報は別のシステム……と、必要な情報がバラバラの場所にあり、「あの資料どこにあったっけ?」と探す時間が日常的に発生していた。
今はNotionをはじめとしたオールインワンツールにより、ドキュメントもデータベースもタスクも同じワークスペースに集約され、関連情報をリンクで瞬時に繋げられるようになった。
そのほかにも、制作現場のAdobeからFigmaへ、会計の従来ソフトからクラウドAI自動仕訳へなどの変化が起きているのだ。

いまの正解が5年後、10年後の正解とは限らない。これが技術革新の鉄則である。


第2章「教えてやる」態度の危うさ

元記事には次のような表現が並んでいる。「ルールを守らないメールは失礼であり、常識を知らないと見られてしまう」「正しい作法は学生のうちに身に付けておいたほうが良い」。
だから「我々世代が教えなければ」、「何故なら我々はメールを使いこなせるから」といった態度が透けて見える。
「業務上必須なのであれば、研修の機会を設ける必要があるだろう。」という、アドバイスの形を借りて。

この態度は一見親切に見えるが、強い優越意識を孕んでいる。
「知っている俺の方が上」という無意識のマウントだ。

このような意識を、部下は敏感に察知するものだ。「またマウントか」と感じ、学習意欲ではなく防衛反応が生まれる。
結果、心理的安全性は損なわれ、本来伸びるはずの成長が止まってしまう。

しかもこのマウントはハラスメント化しやすい。
「メールの件名も書けないのか」「昔は誰でもできたことだ」
などという言葉が、日常の小さなパワハラとして積み重なっていく。

今現在知っている技術がすぐに陳腐化していく時代に、「知っていること」を優位性の根拠にするのは、すでに時代遅れの行為なのだ。


第3章マウント文化がもたらす組織的損失

チームの生産性は、多くのメンバーが効率的なノウハウを持っているかどうかで決まると言っても良い。
その観点で見ると、メールの例を始めとして、世代的な常識程度のものでマウントを取りたがる上司は、チームをまとめるのにふさわしくない。

若手は即座に感じ取る。「この上司の元では成長できない」と。
その結果、「タイパが悪い」という感覚が強まり、距離を置いていく。
早期退職候補の出来上がりだ。

マウントによって上司は一瞬の自己肯定感を得るだろうが、チーム全体の成果は確実に低下する。
つまり、自己肯定感は上がっても、会社における自身の評価は下がるのだ。

技術変化のスピードが速い今、「昔を知っていること」を武器にする限界は明白だ。
マウントは最大の非効率であり、ただの回り道に過ぎない。


第4章「教育」ではなく「共有」へシフトせよ

先述もしたが、メールのような「世代的な常識程度のもの」を伝える上で、「教育」などという言葉の使用はおこがましい。
「教育」という言葉には、どうしても上下関係と正誤の押しつけが付きまとう。
今年の技術が来年には淘汰される局面で、どちらが正しいわけでもないのだ。
未来から見れば、現在の常識が非効率になる可能性すらある。

そこで「教育」の代替として、「共有」というフラットな姿勢を推奨する。
メールにはまずは「件名」が必要で、「宛名」をつけ、「名乗り」、「挨拶」をし、「本題」を書く。「結びの挨拶」をした後、「署名」を付ける。
この程度のことは、上から下に得意げにマウントしながら命令するような話ではない。
「こうすれば良いんだよ」と伝える、共有するだけで良い程度のことなのだ。

他方、若手が優位な領域——チャットツールの即時性、AIプロンプトの工夫、短文で本質を伝える力——も積極的に吸収させてもらう。
自分が知っていることが絶対では無いし、むしろこれからチープしていくのだ。彼らから吸収することのほうが、これからは有意だ。

技術が猛スピードで進化する今、「教育」という言葉は危険なニュアンスがあると言わざるを得ない。
上下関係を強調し、正誤を一方的に押しつけるものだからだ。
淘汰されるべき古い常識を「正しいもの」として守ろうとする姿勢は、組織の成長を阻害する。


第5章「実力主義」と「共有」の両立

会社においての人事評価は実力主義であるべきだ。
実力がある人間が正当に評価される体制を構築する必要がある。
しかし、実力は当人が磨いたテクニックや、独自のノウハウを伴うものが多い。
それらまで全てチームに共有しろ、というのは実力主義との相性が悪い。
チーム内でのフラットな関係性において、ビジネスマンとして自分自身の飯のタネに関わるスキル、ノウハウ、テクニックを全部無条件に開示する必要はない。

だからこそ、共有にも線引きが必要である。

区分内容具体例基本方針
共有すべきもの代替が効く基本ノウハウメールマナー、定型報告の書き方、ツール基本操作など→ 積極的に共有
個人裁量があってよいもの自分独自の価値ある技術・洞察高度な交渉の勘所、業務設計の工夫、業界特有のリスク読みなど→ 自分で許せる範囲で教え込む

一方、フラットな関係性ではなく、上司として事に当たるのであれば、自身のスキル、ノウハウ、テクニックはチーム内に浸透させたほうが良い。
上司は自身の能力を戦略的にチームに共有することで、メンバーを育成し、自分1人分の成果をチームメンバー数人分の成果に拡大することで、会社からの評価を得ることができるためだ。
これが実力主義における賢い選択である。


第6章マネージャーはチームを育て、会社はマネージャーを評価する

上司となったら、部下の育成が明確に評価対象になる。自分で手を動かして成果を出すだけでは、限界があるからだ。
メンバーに自身の経験・スキル・テクニックを共有し、チーム全体で成果を拡大する——これこそがマネージャーの本質的な役割である。
それはいわば、自分自身を削って会社に貢献する行為だと言える。

そして会社側は、この点を正しく捉え、報いなければならない。
「報告を待っているだけの上司」「管理業務だけをこなしている上司」として捉えるようでは、マネージャーは育たない。
本当の価値は、チームメンバー一人ひとりが成長し、1人分の成果を複数人の成果に変え、結果として会社の成果にしたかどうかにある。

もしこの観点が評価から抜け落ちてしまうと、マネージャーは「自分は動かず、部下の報告を待つだけの立場」へと矮小化されていく。メンバーにノウハウも伝えず、マウントだけを取り、成果だけを求めることになる。
結果として、優秀な人材ほど「この上司の下では成長できない」と離れ、組織全体の力が衰えていくことになる。
真のマネジメントとは、自分が持っているものを戦略的に渡して、成果を組織に還元することだ。

会社は、そうした「自分を削る覚悟のあるマネージャー」を、正当に評価しなければならない。


終章ビジネスシーンでのマウントなんかただの回り道

技術のチープ化は避けられない。メールはその代表格だ。
個人では既に役割を終えつつあり、その波はビジネスシーンにもいずれ訪れることになる。
その他の多くの古き良きツールも、いつかはその役割を終える。社会はそれを繰り返して発展してきた。

そのような古い常識でマウントを取るのは無価値だと知るべきだ。
彼ら若い世代は、そのことを受け手として身をもって知っている。
ビジネスシーンで彼らにマウントを取るのは、最大の非効率なのだ。

「共有」で成果の全体総和を大きくする。それこそがビジネスでの正解だ。


元記事:Z世代大学生の「意外な一言」で教授が動揺… “メールを使えぬ若者”の実態 企業も研修の機会を設ける必要があるだろう(東洋経済オンライン