2026年W杯に学ぶベテラン活用|エイジダイバーシティ組織戦略(2026.7.8)

序章|2026年北中米W杯のピッチに立つ各国レジェンドたち

2026年北中米ワールドカップは48カ国に拡大された超過密日程の大会となった。
その中でも、「レガシー・パッチ」を付けた経験豊富なベテラン選手たちが話題となっている。

主な例として、リオネル・メッシ(39歳)、クリスティアーノ・ロナウド(41歳)、ルカ・モドリッチ(40歳)、マヌエル・ノイアー(40歳)、ギジェルモ・オチョア(40歳)、長友佑都(39歳)など。彼らを擁する国々の多くがグループリーグを突破した。
37歳以上のベテラン選手を擁する24カ国・30選手のうち、実に16カ国・22選手(約66.6%)が決勝トーナメントへ進出している。

サッカーという体力勝負の世界で、40代は一般社会における定年近くに相当する年齢だ。
それにもかかわらず、彼らは主力として活躍し、チームを勝たせている。

これをビジネスの視点で見てみよう。日本のビジネス界では40代以降のシニア層が「コスト」として扱われている。人手不足が叫ばれる労働市場に関わらずだ。
この矛盾こそが、現代の組織論に突きつけられた重大な課題である。
W杯のピッチは、ベテランをどう活かすかの答えを鮮やかに示している。

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第1章スーパースターも「体力低下」には抗えない

加齢による身体能力の低下は避けられない。それは、メッシやロナウドといった超人的スターであっても例外ではない。
では、なぜそれでも彼らは結果を出せるのだろうか。若い時分同様、時には今がピークと思わせるような成果を。

知能心理学においては、知能を2つに分類できる。

  • 「流動性知能」:瞬発力・処理速度。20代をピークに低下する。
  • 「結晶性知能」:経験・大局観・リスク管理。60代まで上昇・維持されやすい。

W杯のレジェンドたちはこの法則を体現している。
加齢に伴い体力的な持久力、瞬発力はもちろんのこと、流動性知能も衰える。
しかし一方で、結晶性知能はどんどん積みあがっている。それは、若い選手がどうやっても得られないものだ。多くの時間、多くの経験を経るしかない。

その結果、モドリッチは無駄を省いたポジショニングでリスクを摘み取り続け、ノイアーは経験に基づく飛び出しで守備範囲の拡大し、ロナウドはゴールにつながる的確なポジショニングを維持することができるようになった。

これら多くの選手のスタイル自体は、若い頃と変わらないこと多い。しかし、体力が衰えた中で、どうして同じスタイルを維持できるのだろうか?
それは結晶性能力で補い、ほぼ同等のパフォーマンスを実現しているのだ。

スーパースターといえども自然の摂理には逆らえない。しかし、経験知がそれを完全に領駕する事例がここにある。
それはビジネスでも同じだ。長年の蓄積による判断力の精度はベテランにしか出せない強みとなる。


第2章GLにおけるメッシの走行距離は“最下位” 得点は“トップ”

データ分析会社Optaによる、メッシに関する記録は衝撃的だ。
2026年北中米W杯グループステージで、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシの90分あたり走行距離は8.1km。90分以上プレーしたフィールドプレーヤー618人中618位で最下位だった。しかし一方で、得点数は6ゴールで618人中1位を記録した。

以前からメッシのプレースタイルは今とあまり変わらない。にも関わらず、過去のW杯では必ずしも結果に結びついていなかった。

  • 2006年:ベスト8(1得点)
  • 2010年:ベスト8(0得点)
  • 2014年:準優勝(4得点)
  • 2018年:ベスト16(1得点)

しかし2022年大会では中心選手として7得点で優勝に導いた。また、2026年大会GL終了時点でも6得点を挙げている。

加齢とともに走行距離は減少したが、得点率は向上しているのだ。
これこそ経験知の力であり、無駄を排除してポイントを押さえ、チームの成果に直結させるベテランの役割そのものである。


第3章ベテランだからこそ「役割」と「環境」が必要だ

体力や気力を前面に押し出せないベテランは、若手と同じ「全力労働集約型」の働き方では潰れてしまう。
組織がベテランを活用するためには、『役割の限定』『環境づくり』が不可欠だ。

ベテランに求められる役割は主に3つ(または複合)となる。

  1. リーダーシップ(強烈な牽引):圧倒的な結果で組織の基準を引き上げる(メッシ・ロナウド型)。
  2. サーバント・リーダーシップ(伴走型統率):若手に寄り添い最も輝かせる(モドリッチ・ノイアー型)。
  3. サイコロジカル・セーフティ・アンカー(心理的安定の錨):失敗を受け止めチームの空気を整える(長友型)。

以下の調査でも、若手が求める上司のスタイルが完全に「伴走・支援型」へシフトしていることが具体的な数値で出ている。

「2024年 新入社員意識調査」(リクルートマネジメントソリューションズ実施)

Q. あなたの理想の上司はどのような人ですか?(複数選択)

  • 1位:丁寧に指導してくれる上司(71.2%)
  • 2位:話をよく聞いてくれる上司(67.6%)
  • 3位:仕事について肯定的な評価をしてくれる上司(49.4%)

また、日本能率協会系のデータでも、若手の約6割が失敗や人間関係への不安を抱えており、心理的安全性が高い職場では若手の意見提案力やエンゲージメントが大幅に向上することもデータから見て取れる。

このようにベテランを組み込み、若手のバックアップを実現するのが『戦略と実行のキャパシティ・ディビジョン』だ。
「走る(作業)」役割は若い世代に任せ、「読む(戦略・リスクマネジメント)」役割にベテランを特化させる。それぞれ適材を適所に配置するということだ。
日本企業がベテランに若手と同じ一律の長時間労働や細かい事務を求めるのは、経験知を潰す愚策である。


第4章若手の「尖り」に、己のシェイプを合わせる

若手は角があり尖っているものだ。それは、やる気や野望、気力体力の顕れということもある。
これを組織のルールに合わせて「丸くする」従来型の指導は、若手の生命力を去勢し、凡庸な人材を量産してしまう。

ここで、真に価値あるベテランはその能力を発揮する。若手の尖りを否定せず、自身の経験という柔軟なシェイプを凹ませてピタッと合わせる。
いわば、尖った刃を活かすための「鞘」になる。この「抱合」のパラダイムシフトこそが、優れたベテランの本質だ。

W杯では、勢いのある若手アタッカーが飛び出してできた穴をモドリッチが埋め合わせ、試合に出られない若手の気持ちが離れるリスクを長友が引き受けた。
若手の尖ったエネルギーを殺さず、チームの成果へ導くための「仕事」だ。

ビジネスでも、若手の大胆で粗削り、しかし見込みのある提案に対して、ベテランが「その勢いは素晴らしい。ここを調整すれば市場に適合する」と伴走すれば、推進力は保たれたまま、現実的な成果が生まれる。その成果が若手の自信を喚起し、持続的な戦力へと育成していく。


第5章社会への「適合」を助けて成果につなげろ

抱合した若手の尖ったエネルギーは、いかに優れていたとしても、そのままではルール違反や衝突を生むリスクがある。また或いは、契約前に成果を急ぎ過ぎてクライアントの買う気を削ぐことなどもある。
そこでベテランが持つ『結晶性能力』――人脈、根回し、炎上回避のノウハウ、買う気を確定させる一言――などの適正なコーティングを施すことで、社会や市場に適合させ、成果へ着地させる。

これにより、若手の推進力を損なわず、最小の労力で最大の成果を生む「省力化」が実現する。若手が膨大な試行錯誤をするところを、ベテランの一押しでショートカットできるのだ。
そうすることで成功確率が上がり、組織全体のエネルギー効率が劇的に向上する。これがレガシー(経験資産)のレバレッジである。
やたらと動き続けるだけでは生産性は上がらない。業務エネルギー効率の向上、それこそが生産性のカギなのだ。


第6章日本には「エイジ・ダイバーシティ」の最適化が必要だ

日本の労働人口減少は避けられないトレンドだ。生産年齢人口は2030年以降さらに加速的に減少し、初任給狂想曲に象徴される若手リソースの奪い合いはすでに限界を迎えている。
この構造的課題の中で、40代〜60代のシニア層を「ただ席に座っているコスト」と見なすか、「組織の勝率を上げる切り札」と位置づけるかの選択が、今後の企業の命運を分けることになる。

エイジ・ダイバーシティ(年齢多様性)の最適化が、今後の企業成長の鍵となっていく。

  • 流動性能力と結晶性能力の最適配置(若手の能力を最大限に引き立てる)
  • 戦略と実行の役割分担(ベテランの能力を最大限に引き出す)
  • 心理的安全性の確保(若手が離脱しない環境を構築する)

これらをシステムとして機能させれば、少子高齢化社会であっても人材をスポイルせず、強い組織を構築することができる。
W杯でベテラン擁する国々が多数突破した事実は、経験知がどれほど安定感をもたらすかを証明している。
日本企業もこの教訓を活かさなければならない。


終章求められるベテランと、省かれるベテラン

今回のW杯では、若さや体力が全てでは無いことを、各国のレジェンドたちは証明して見せている。
もちろん制約はあるが、その役割を明確にすれば、的確に、高精度でレスをできるのが優れたベテランだ。

人手不足が深刻化する日本で、ベテランの経験知を活かさない選択肢はない。
逆に、走らず守らず成果を出さず若手のエネルギーにレバレッジをかけられないベテランは、即時淘汰される。ピッチに必要ない選手、戦力外となる。
一方、年齢を言い訳にせず能力に応じた役割を見つけ、全うするベテランこそが求められる人材だ。
メッシが走行距離を減らしながら得点王級の活躍をしたように、自分を再定義し、若手の尖りにシェイプを合わせる努力を続ける者だけが、その力を頼りとされる。

2026年W杯のピッチでレガシー・パッチを輝かせた英雄たちのように、日本の職場にも経験知による成果をもたらすベテランが増えることを期待しよう。
若手の尖りを包み込み、社会に適合させ、組織を強靭にしていく。
それこそが、これからの時代に求められるエイジ・ダイバーシティ組織戦略である。


元記事:メッシ、ロナルド、そして長友 20年超えW杯で活躍(朝日新聞)