業務の属人化解消とマネジメントのシステム化がリーダーの仕事だ(2026.11.4)

序章|博多の代表的文化「屋台」でさえも、ただの慣例ではいられなかった

博多の夜の街を彩り、訪れる人々を魅了してやまない伝統の「屋台」。いまや世界的な観光メディアでも高く評価されるこの街のアイデンティティは、かつて消滅の危機に瀕していた。

原因は明白だ。長年にわたり明文化されたルールが存在せず、営業許可の占用範囲オーバーや汚水の直接排出、深夜の騒音といった問題が野放しにされていたのだ。近隣住民やテナントからは苦情が相次ぎ、警察も「原則一代限り」として淘汰を待つ姿勢を見せていた。周辺店舗は高いテナント料を支払って営業をしている。彼らから見れば、使用料が極めて安い屋台の存在は「不公平な既得権益」だった。

この危機を救ったのが、元記事中にある高島宗一郎福岡市長による「屋台基本条例」の制定だった。行政としてルールを明文化し、権利の又貸しを禁じて新規参入の公募制を導入したのだ。
制定当時は屋台側からも周辺住民側からも激しい批判が巻き起こった。しかし暗黙の了解を解体し、透明なシステムへと昇華させたことで、屋台文化は持続性と永続性を獲得するに至ったのである。

この歴史的経緯は、現代の組織運営におけるマネジメントの属人化排除とシステム化の重要性と完全に合致する。

組織や人事のマネジメントにおいては、「誰がやるか」を軸にすべきではない。「何を・どのようにやるか」という客観的な仕組みが重要なのだ。
慣行を排し、時代やリーダーが変わっても価値を生み出し続けるシステムを構築すること。それこそがリーダーの最も重要な役割である。

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第1章|「必要」と「不要」をしっかりと分け隔てろ

多くの組織で横行する「昔からこうやっているから」「あの人がそうしてきたから」という慣行や慣習。これらには致命的な弱点が存在する。それは、現在の運用に対する「正当性の欠如」である。
慣例や暗黙の了解は、当初は現場の必要性や知恵として生まれたものであることが多い。博多の屋台も戦後の復興期に市民の食を支え、独自の文化として育まれた。同様に、多くの慣行・慣習にも初期の合理性は存在したはずだ。

問題は、その価値や運用が「明文化されないまま放置されたこと」にある。
明文化されていないルールは正当性を証明できない。正当性が証明できない決定に対して、人は納得しない。説明責任(アカウンタビリティ)を果たせないからこそ、現場には不信感・不満が渦巻くのだ。

これを組織に置き換えてみよう。組織における慣例を解体し、システムへ再構築するためには、まず「必要」と「不要」を厳格に仕分けなければならない。

組織における必要な慣行と不要な慣行

区分慣行・慣例の具体例組織に与える影響システム化に向けた対処方針
必要な慣行現場で培われた技術、文化、顧客対応の知恵組織の価値やアイデンティティの源泉正当性を言語化し、明文化したルールや評価制度として標準化
不要な慣行ブラックボックス化した既得権益、時代遅れの精神論、遠回りの悪習透明性の阻害、不公平感の醸成、ハラスメントや不正の温床特権や忖度を一切排し、システム構築の過程で徹底的に排除する

長年の慣行を変更しようとすると、既得権益を守りたい層からの反発は避けられない。しかし、不要な負債を排除し、必要な価値だけを透明なルールとして再定義することではじめて、全体のプライオリティ(組織全体の利益と持続性)を守ることが可能となる。


第2章|リーダーが「目的」と「ルール」を示すのだ

慣行を排してシステムを再構築するのがリーダーの役割だ。正当性を持たせるためには、明確な「目的(大義)」と、その目的を達成するための「一定の制限(ルール)」を示す必要がある。
正当な目的が提示されないまま課される制限は、成員から見ればただの「わがまま」であり「独裁」に過ぎない。
「なぜこの制約を守らなければならないのか」という理由が組織のミッションや全体最適とロジカルに接続されて初めて、制限は理不尽な強制ではなく、全員が受け入れるべき公正な枠組みへと昇華する。

この構造は、人事マネジメントのあらゆる局面にもダイレクトに当てはまる。

  • なぜこの人物を昇進させるのか
  • なぜこの人物をそのポジションに配置するのか
  • なぜこの人物を採用するのか
  • そもそも、なぜ今この採用を行うのか

これらの意思決定に対し、目的が無い、説明できないことがあってはならない。すべての決定には明確なパーパス(目的)が不可欠だ。その目的に沿った一貫性のある行動で無ければ、社員の納得感を得ることはできない。目的を示し、正当なルールを敷くことこそが、管理と独裁を分ける境界線なのだ。


第3章|誰にも肩入れしないのは、冷淡や無関心では無い

チームを率いる上で、リーダーには「メンバーとの心理的等距離」の保持が求められる。高島氏が屋台改革において「存続派」と「反対派」の双方から激しい批判を浴びたのと同様だ。どちらか片方に肩入れせず、全体最適のためのルールを貫いた結果である。

組織の現実として、業務上の関わりには必ずグラデーションが生じる。売上を直接生み出す部門にリソースを割く必要があったり、逆に口数が少なくても淡々と成果を上げる職種が存在したりするのは事業構造上の必然だ。

しかし、業務的な強弱と「心理的な距離」を混同してはならない。特定の部下や部門に心理的に肩入れすれば、囲からは「贔屓(ひいき)」や「忖度」とみなされ、正当性を失ってしまう。そうすると、公正あったシステムも機能しなくなってしまうのだ。

ここで重要なのは、「心理的等距離を保つこと」は「冷淡や無関心」とは根本的に異なるという点だ。
リーダーが取るべき振る舞いの本質は、以下の要素に集約される。

  • 全員の意見や心理に対して、等しく目と耳を傾ける(傾聴と受容)
  • 特定の感情や私利私欲に流されず、判断はシステムに基づき機械的に行う(公平な決定)
  • 特定の個人やグループを優遇せず、全体最適の観点を崩さない(心理的等距離)

冷徹に見えるほどの心理的等距離を保ち、客観的なルールを適用する態度。それこそが、結果として組織に深い納得感をもたらす。


第4章|「健全な割り切り」システムで、チームは救われる

感情や好き嫌いに左右されるマネジメントは、現場を疲弊させる。自分とチーム、そしてメンバー同士の間においても、個人の感情論と無関係に業務が正しく行われるシステムを構築しなければならない。
その基本路線となるのが、「やるべきこと(標準)」を明確にすることだ。それ以上を安易に求めも求められもしない「健全な割り切り」である。

組織において最も防がなければならない悪習の一つに、「加点の当然化」がある。
本来、定義された役割や契約に基づく標準業務を果たすことがベースライン(100点)である。プラスアルファの自発的な貢献や気配りは、あくまで「加点要素」として評価されるべきものだ。

しかし、属人化した組織では「あの人はいつもやってくれるから」という理由で、個人の善意や努力がいつの間にか「当然の義務」へとすり替えられていく。そして、何らかの理由でそれをやらなかった時に「なぜ今回はやらないのか」と減点対象にされてしまう。

このような構造が定着すると、真面目に貢献する人間ほど損をするようになる。損得感情が生まれるのだ。

  • やるべきこと(標準)の定義:契約と役割に基づき、客観的な基準として明文化する。
  • 標準の遂行:基本路線として評価し、減点も過剰な要求もしない。
  • 標準以上の貢献:すべて「加点要素」として扱い、正当な報酬や評価で報いる。

リーダーはシステムによってこの境界線をシステムとして担保すること。それがメンバーの心理的安全性を守り、健全なモチベーションの維持が可能となる。


第5章|「ドライな明文化」が持続性と永続性を獲得させる

高島氏が制定した「屋台基本条例」が機能し、博多の屋台文化を存続させた最大の理由。それは、極めて「ドライな明文化」だったからに他ならない。
感情や人間関係に頼った運用は、利害関係者には居心地の良いものだ。しかし、時代が変わり、人が入れ替わればそうではなくなる。

対照的に、目的とルールによって構築されたドライなシステムは、以下のようなメリットをもたらす。

  1. ブラックボックスの解体 :「昔からのやり方」や「特定個人の匙加減」に隠されていたグレーゾーンを徹底的に排除し、誰から見ても透明なプロセスへと変換する。
  2. 「誰がやるか」から「何を・どのようにやるか」への転換: 個人の属人的なスキルや人脈に依存する構造を脱却し、システムに沿えば誰もが一定以上のパフォーマンスを発揮できる再現性を確保する。
  3. 時代やリーダーの交代に耐える永続性の獲得: 仕組み自体が正当性を持って独立しているため、創業者やカリスマリーダーが去った後も、組織の価値やクオリティが損なわれることがない。

ドライなルールを敷くことは、一見すると冷酷に思えるかもしれない。だが、それこそが感情や慣行という理不尽からメンバーを守る最大の「盾」なのである。


終章|リーダーの最も重要な役割とはシステムの構築である

慣行に依存したマネジメントは楽である。波風を立てず、過去の踏襲を続けていれば短期的には摩擦が起きないからだ。

しかし、明文化されないルールは正当性を欠き、必ず組織の腐敗と成員の不満を招くことになる。
リーダーの真の価値は、目の前の反発や批判を恐れず、正当な目的を掲げてルールを明文化し、感情と切り離されたシステムを作り上げることにある。

「誰がやるか」ではなく「何を・どのようにやるか」。

自分が去った後も、10年後に「あのときこの仕組みを作ってくれて良かった」と評価されるシステムを残すこと。これこそが、マネジメントの到達点であり、リーダーにしかできない最高の仕事なのである。


元記事:【167万人都市を率いたリーダー論】四方八方から批判される仕組みこそ実は公平である理由(ダイヤモンド・オンライン)