人事評価で楽をするな、汗をかけ|MLB流HRとは(2025.11.28)

序章|「売上さえ高ければ評価される」時代は終わった

人事評価において、完全な正義は存在しない。それは、人物、業務、タイミング、制約等の要素によって評価軸は揺らぐからだ。しかしそれでも尚、評価に可能な限りの正義を求める必要がある。

元記事の議論では、営業成績=売上という単純な指標では人を正しく評価できない という問題が提起されていた。営業成績=売上という評価は、スポーツに例えれば、ピッチャーを「勝利数だけ」で評価するようなものである。打線の援護、守備力、球場の広さ、対戦相手の質──すべてが無視されてしまう。

ビジネスも同じである。たとえ高い売上を出していても、

  • 解約率が高い
  • チームを壊している
  • 再現性のない偶然の成果

以上のようであれば、本質的には評価すべきではない。昨今では微細・多角なスケールの評価を行う企業も増えてきているが、しかし、実際にはまだまだ営業成績=売上という単純な指標で人事評価を行う会社も少なくない。

本稿では、まず“公平評価”の正しい理解から始め、HR が持つべき思想、そして MLB のサイバーメトリクスが教える「評価の専門性」を用いながら、人事が“評価の基準”を創れる企業が強くなる という本質に迫る。

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第1章|“平等”と“公平”の違いを誤解した企業は必ず失敗する

ビジネスの評価において最も簡単なのは「平等評価」である。順位や売上だけを見て、瞬間的な数字で評価を決める。極端に言えば、新卒1年目でもできる作業だ。
しかし、これが企業を弱くする。なぜなら、平等は「同じ尺度を当てる」だけであり、実態を見ていない からだ。

一方で、企業が本当に行うべきは、元記事にもあったように 「公平評価」 である。公平とは「同じ結果になるように調整する」ことではない。
置かれた条件・役割・難易度の違いを踏まえ、“適切に比較可能にすること” である。
たとえば、営業職だけでも次のように条件が異なる。

▼役割・難易度・条件の違い

区分内容
役割の違い新規開拓担当/既存維持担当、フロント(営業)/バックエンド(実務)
難易度の違い競合環境、価格競争、ブランド力、業界の成熟度
条件の違い引き継いだ顧客の状態、社内リソースの余裕、部門間協力のしやすさ
プロセス(KDI)の違い訪問回数、社内調整量、顧客課題の深掘り、関係性構築の質

これらを無視して「売上だけ」で評価すれば、難易度の異なるコースで走っているのに、ゴールタイムだけで順位をつけるような愚行 に等しい。

公平評価とは、この“不平等な条件”を理解し、比較可能な形に整える作業である。これは決して簡単な作業では無い。しかし、人を評価することにおいて、楽をすべきでは無い。人事は”汗をかくべき”だ。
そして、この評価思想を構築できる、”汗をかける”のが プロの人事(HR) なのだ。


第2章|採用に若手を充てる企業はなぜ弱いのか

企業の中には、採用担当に新卒や二年目などの若手を配置する ケースがある。
理由は以下のようなものだ。

  • 就活生に年齢が近いから
  • 気持ちがわかるから
  • 仲良くなれそうだから

だが、これは明確に誤りである。
採用とは 企業の未来の資本を決める“投資判断” であり、何が自社に必要で、何が必要でないか、その目的を達成するためのプロセスをどうするべきか、そのためにはどのようなスキルの人材を採用するか、という計画の下で行われるべきものだ。
“気持ちがわかる” などという感情優位の基準で行うべきものではない。

若手には若手の良さがあるだろう。しかし、企業が求める採用力とは、もっとシビアであるべきなのだ。

  • 事業戦略の理解
  • 人材要件の設計
  • 配置の最適化
  • キャリアとジョブの整合性
  • 長期業績への寄与

といった高度な思考が伴う。これは、経験と視座と構造理解がなければ不可能 である。

採用に若手を置く企業は、採用を「仲良くなれるかどうか」という基準に矮小化している証であり、企業の未来を“空気”に委ねているに等しい。
そもそも、新しく入ってきた社員に対して「あなたを採用した理由は○○だ」と説明できない採用を行うべきではない。もしもそれが「仲良くなれそうだから」と説明した場合に、その社員は自分が会社に必要な人材だと感じられるだろうか?
そのような採用では、必ず中長期で企業力を損なう。

企業の強さは、採用基準を“感情”ではなく“価値基準”で統一できるかどうか で決まる。


第3章|HRが“評価基準”をつくれる会社だけが強くなる

優れた人事は、社員を「数字で並べる」のではなく、企業にとっての価値基準を“自ら創る”ことができる。
つまり、HR は会社の中で唯一、「何を評価すべきか」を定義できる部門であり、この思想を持てる会社だけが強くなる。
具体的には次のような作業を HR が担うべきである。

■HRがすべき“評価思想”の構築作業

  • 事業戦略(KGI)の理解
  • 価値の源泉の特定
  • KDI(行動要因)の分解
  • KPI(成果指標)の設計
  • 難易度補正の方針決定
  • 総合貢献度の定義

■MLBのセイバーメトリクスとは

アメリカのメジャーリーグ(MLB)で、選手を評価するシステムとしてセイバーメトリクスがある。野球を統計的に分析し、選手評価やチーム戦略に役立てる手法だ。従来の打率や防御率だけでなく、出塁率や長打率など、より客観的な指標を用いて、選手がどれだけ勝利に貢献しているかを分析する。

HRが行うべきは、 MLB のセイバーメトリクスで言うところの「打者や投手の本質的価値を発見するための数学的設計」に相当する。
企業が持続可能な形で着実に伸びるかどうかは、人事が自社における人材価値を数値化して、このプロセスを設計できるか 次第と言える。


第4章|ホームラン数では選手を評価できない──MLBに学ぶ評価基準の本質

ビジネスの評価を考えるうえで、改めてMLBの世界を見てみよう。
例えば日本のプロ野球でも長い間、「打率」「本塁打数」「打点」「勝利数」「防御率(ERA)「セーブ数」といった単純数字で選手の評価が行われてきた。

「本塁打(ホームラン)数」は強打者を評価する指標として非常に有名だが、同時に 最も誤解されている指標 でもある。 なぜなら、ホームラン数は次のような“環境差”を無視してしまうからだ。

▼本塁打(ホームラン)数では評価できない理由

  • 球場の広さ・壁の高さが違う
  • 標高によってボールの飛距離が変わる
  • 対戦投手のレベルが違う
  • 守備配置やチーム戦略による影響
  • 打順による機会の差

つまり、同じ数字でも価値は全く異なる のである。

MLB はこの問題を解くために、WAR(Wins Above Replacement) という概念を作り上げた。
これは「その選手が平均的な控え選手などの「代替可能な選手」が同じ出場機会を得た場合に比べて、よりチームを何勝分上積みしたか」を示す指標であり、

  • 打撃貢献
  • 走塁貢献
  • 守備貢献
  • ポジション難易度
  • 球場補正

などをすべて統合して算出する。

つまり、MLB は “選手の評価とは環境差を補正し本質的な貢献を可視化する作業である”ことを、精密な形で実装しているリーグなのだ。そしてこれは、企業HRにおける評価制度のあるべき姿と同じ思想である。


第5章|会社にも“自社版WAR”が必要になる

企業も MLB と同様、業種や市場環境、商材、顧客層によって、社員が置かれる状況はまったく異なる。
したがって、全社員を一つの尺度で評価すること自体が不可能 であり、または全ての企業、全業種に共通するフォーマットも存在し得ない。

そこで必要なのが、自社版の WAR(総合貢献指数) をつくることである。

▼会社によって評価における重視ポイントが違う

会社タイプ重視ポイント
新規開拓が命の会社新規リード獲得、ゼロからの関係構築、未開拓市場への浸透
サブスク型で継続が命の会社解約率の低さ、CSの質、NPS、継続率
少数の大口顧客が柱の会社キーアカウント維持、経営層との信頼、長期提案力
プロダクト技術が強みの会社技術理解、課題把握、開発連携、ソリューション精度

これらの違いを理解し、その会社にとっての“勝ち筋”が何かを HR が定義する。そのためにはHRが会社の全容と、経営層の考える会社の将来像を把握しておく必要がある。
これこそが評価制度の中枢となる。


第6章|自社版のWARを創る

自社版 WAR を構築するステップの一例を見てみよう。

▼自社版WAR構築プロセス(表)

ステップ内容
①KGI(最終目標)を定める市場シェア拡大/粗利率向上/解約減少/顧客単価UPなど
②価値の源泉を特定する新規獲得力/継続率/技術力/ブランド発信力
③KDI(行動)を分解する例:継続率=訪問回数、提案数、オンボーディング品質など
④KPI(成果)を設定する継続率、解約率、アップセル率など
⑤難易度・条件差を補正する顧客規模、既存関係、業界特性などを調整する
⑥総合貢献度を算出する売上だけでなく、継続・改善・チーム貢献も評価項目に入れる

このプロセスを経ることで、自社に最適化された“本質的な価値基準”を生むことが可能となる。
もちろん、これが全て正しいわけではない。全企業各々に正しいプロセスがある。
評価制度の設計とは、数字を眺める作業ではなく、会社の勝ち筋を構造化する作業そのもの であり、優れたHRとはその評価基準、プロセスを構築できる人材・チームのことなのだ。


終章|評価制度は“企業の知性”そのもの

最後に強調しておきたい。
評価制度は単なる人事制度ではない。企業の知性そのものである。

平等評価に逃げ、感情採用を行い、KGIと評価基準が連動していない企業は、中長期で衰退する。
逆に、評価に思想をもち、HR が“価値の定義者”として機能している企業は、強くなれる。

HR が“評価基準を創れる”会社は強くなる。

そして、その評価基準とは、数字を並べることではなく、数字の意味を創るということ である。
人事を軽視する企業に必ず未来はない。
評価基準を自社で作り込める企業だけが、これからの複雑化した社会を生き残れるのだ。