

第1章|「日の社員は勉強しない」という“決めつけ”
「なぜ日本の社員は勉強しないのか」・・・元記事にあるこの問いに対しては、こう問い返したい。「日本では社員が勉強をする必要があるのか?」と。
たとえば、ベトナムでは98%のビジネスパーソンが社外学習・自己啓発を行うのに対し、日本では約半数が「何もしていない」とされる。このデータだけを見ると、「日本の労働者は怠けている」「勤勉神話は崩壊した」という批判が起こりがちだ。
だが、ここで本質を取り違えてはならない。
日本の社員は勉強しないのではない。勉強しても報われないから、合理的な判断で勉強しないのである。
再び問おう。
そもそも日本企業が「学んだことを評価する仕組み」になっているのか?
日本では、大学院に進むことが採用で不利に働くことがある。社外で資格やスキルを磨いても評価に反映されず、むしろ“扱いにくい人材”とみなされることさえある。社外ネットワークや副業経験も、評価より「危険視」されやすい。
その一方で、社内の空気を読み、社内独特の“やり方”に順応し、年次に応じて「当社サバイバルスキル」を磨く人だけが昇進していく。
この環境で「自腹で学ぶ」インセンティブはどこにあるだろうか。
学びが報われない社会では、誰も学ばない。行動の責任は個人ではなく、組織構造の側にある。

第2章|院卒がマイナス評価になる国で学びは根づかない
例えば、就職戦線を見てみよう。世界的に見れば、大学卒業の学位とは次のように整理される。
- 学士(Bachelor)・・・4年
- 修士(Master)・・・2年
- 博士(Doctor / PhD)
欧米では修士以上が「専門職のスタートライン」であり、大学院での学びはキャリアの大きなアドバンテージになる。ところが日本では、これが逆転現象を生む。
- 学士:新卒採用の標準ライン
- 修士:年齢が高く、実務経験がない「中途半端な存在」扱い
- 博士:専門性が高すぎて「扱いづらい人材」扱い
つまり、学べば学ぶほど、日本では採用市場で不利になる。
企業の本音はこうだ。
- 高度な専門性はいらない(部署も活かしきれない)
- 能力が低すぎるのも困る
- 何より「若くて素直で、社内文化に染まりやすい人」が欲しい→新卒偏重採用
要するに求められているのは、専門性のない、そこそこ賢い、若い人材である。
これでは、若者が大学院進学や自己研鑽を避けるのは当然だ。むしろ合理的な判断とすら言える。
日本の労働者が「学びを軽視している」のではない。正確には、学びが報われない仕組みを企業側が作り続けてきたのである。
第3章|日本企業は“閉鎖生態系”である
日本企業の特徴を端的に言えば、閉鎖生態系(Closed Ecosystem)である。閉鎖生態系とは、外部から新しい知・技術・人材が入らず、内部だけで循環する構造を指す。
日本の閉鎖生態系で評価されやすい能力は以下のようなものだ。
- 社内政治・暗黙知の理解
- 上司と“うまくやる力”
- 空気を読む力
- 部署ごとの独自ルールへの適応
- 「うちのやり方」を身体化する力
これらはすべて、外部ではほぼ通用しない 当社専用スキル だ。
一方で相対的に軽視されているのは、
- 社外資格
- 研究経験
- 他社・他業界での実務経験
- 国際的な人的ネットワーク
- 新技術へのキャッチアップ
つまり、社外で通用する力よりも、社内専用スキルのほうが価値を持つ社会なのである。
本来、人材投資=スキルアップは競争力強化、生産性向上、新規事業創出、技術力向上などにつながる。しかし閉鎖生態系では、それが脅威と見なされる。なぜなら、新しいスキルを身につけた人材は、既存の序列を脅かす「外来種」になるからだ。
脅威を排除する動きが促進され、その結果、次のサイクルが生まれる。
| サイクル段階 | 内容 |
|---|---|
| 1 内向き適応優遇 | 社内サバイバルスキル保持者が評価される |
| 2 外部適応力の排除 | 外向き人材が浮く |
| 3 成長志向の流出 | 意欲の高い人材が離脱 |
| 4 内輪均質化 | 内向き人材が中心となる |
| 5 硬直ドミノ | 同質性が強化され、閉鎖が進む |
結果として、意識の高い人材ほど社外へ転じ、社内には「自社環境適応が得意な人」だけが残っていく。これが長期的に企業の競争力を奪う。
第4章|イノベーションは同質性から生まれない
イノベーション研究には一つの定説がある。
イノベーションは同質性からは生まれず、異質性の接触から生まれる。
ところが日本企業は、以下のような“同質性の量産構造”が生まれている。
- 同じ大学から大量採用
- 新卒一括採用で同じ年次の人材を大量投入
- 同じ社内育成
- 同じような価値観・行動様式
これでは、外部の新しい知が入り込む余地がない。
比較すると、開放生態系の企業は次のような特徴を持つ。
| 観点 | 開放生態系(欧米型) | 閉鎖生態系(日本型) |
| 採用基準 | スキル・職務基準 | 年次・適応力基準 |
| 多様性 | 高い | 低い |
| 人材流動性 | 高い | 低い |
| イノベーション | 生まれやすい | 生まれにくい |
日本企業がいくら「DXだ」「イノベーションだ」と叫んでも、土壌が同質であれば芽は出ない。
イノベーションは、制度ではなく“生態系の設計”の問題である。
第5章|日本企業は何を変えるべきか
端的に言えば、日本では「現状維持バイアス」が強すぎるのだ。もちろん、人間の営みとして現状維持バイアスは世界中にある。しかし、欧米ではそのバイアスが成長や変革の妨げになることを問題視し、現状維持を排除するようにシステムとして組み込まれている。
では、日本企業はどう変わるべきなのだろうか。
1. 評価軸に「外の学び」を組み込む
- 資格
- 大学院・社会人大学院
- 外部プロジェクト
- 副業や越境学習
これらを“趣味扱い”ではなく、正式な評価項目にするべきだ。
2. 属人化・サバイバルスキル依存を減らす
- 暗黙知の明文化
- プロセスの標準化
- 業務のシステム化
属人的な“当社専用スキル”を減らすことが、外部知の受け入れを可能にする。
3. 異質な人材を意図的に混ぜる
- 異業界人材の採用
- 中途管理職の登用
- 海外経験者の抜擢
- 外部専門家の活用
目的は多様性そのものではなく、異質性同士の摩擦が生む更新・変革である。高付加価値なインテリジェンスは外部からもどんどん獲得すべきだ。
4. キャリアのポータビリティ(持ち運びやすさ)を高める
- 副業・兼業の容認
- 外部学習の支援
- 社外資格の評価
閉鎖生態系から抜けるには「会社の外と中を自由に行き来できるキャリア」へのシフトが必要だ。
しかし、これらは理想論であり、一朝一夕に実現できることではない。
では、どうすれば日本の企業は変われるのか。
第6章|変革できるのは“経営者だけ”である
経営者は企業における権限と責任を持つ。経営者しか変革を起こせないのだ。
日本企業の閉鎖生態系は、現場や人事の努力だけでは変えられない。なぜなら、閉鎖生態系を守っている最大の構造は “評価軸” と “組織設計” にあり、これらはすべて経営者の裁量で決まるからだ。
中間管理職は、旧来の制度の中で勝利した人たちであり、制度そのものを疑うインセンティブがない。また現場は日々の業務に追われ、構造改革に割けるリソースがない。人事もまた、最終決裁権限を持たない。
つまり、「現状維持」が最も都合が良いのだ。
だからこそ、閉鎖生態系を壊すトリガーは常に経営層にある。
経営者が意思決定すべきポイントは、次の3つだ。
- 外部人材・異質性を受け入れる覚悟があるか
- “学び”を評価に組み込む制度変更を実行するか
- 既存の同質文化を壊す痛みを引き受けられるか
経営者自身が外部知を取り入れなければ、組織全体も変わらない。逆に、経営者の判断ひとつで、企業文化は劇的に変わる。実際に外資系企業やスタートアップは、経営トップの強い意志でイノベーション生態系を作り上げている。
第7章|変われない企業は淘汰される
「日本は終身雇用」といった価値観は、古さの象徴であり、すでに過去の遺物だ。様々な変化に対応できなかった企業は、規模に関わらず淘汰されてきた。
たとえば──
- カネボウ
- 三洋電機
- 西武そごう
- 山一證券
- 日本長期信用銀行
これらはいずれも一時代を築いた大企業でありながら、外部環境の変化に適応できずに市場から姿を消した。問題の本質は、技術力不足ではなく、組織文化と意思決定の遅さ にあった。
閉鎖生態系は短期的には安定するが、長期的には企業の寿命を縮める。外の世界を見ず、内部の論理だけで意思決定を行う企業は、競争市場の中でゆっくりと衰弱していく。
終章|未来をつくるのは「学びが報われる社会」
再言しよう。問題は「日本人が勉強しないこと」ではない。学んだ人が報われない社会構造そのものだ。
これからの日本企業に必要なことは、
- 学ぶ人を評価し、
- 外の知を歓迎し、
- 異質性を資源として扱い、
- その文化を経営者自らが体現する
以上のことだ。
日本人は本来、世界でも有数の勤勉さを持つ国民だ。その力が十分に発揮されていないのは、個人の問題ではなく「報われる構造」を作れていない組織、体制側の問題である。
「学ぶ=成長が報われる」という約束を社会全体で取り戻すこと。それこそが、日本企業の再生とイノベーションの再起動の第一歩となる。
なぜ日本の社員は勉強しない?98%が自己研鑽するアジアの「意外な国」とは?(ダイヤモンド・オンライン)