

序章|富士通の「新卒一括採用廃止」は、日本企業の採用観そのものを問い直す事件である
「新卒一括採用をやめた富士通で何が起きているのか」。
この問いは、単なる採用手法の変更でも、企業内部のオペレーション調整でもない。
むしろ、日本企業が70年近く依存してきた 「若さが価値である」という採用観の呪縛 を問い直す事件だ。
富士通は採用の入口を一本化し、
「新卒かどうか」ではなく 「職務に必要なスキル・経験を持っているか」
を判断軸にする方向へ動いたということだ。
だが、世間の議論は往々にして浅い。
- 新卒採用をやめて大丈夫なのか
- 若い人材が入ってこなくなるのではないか
そのような“日本的な心配”ばかりが並ぶ。
しかし、本当に議論が必要なのはそこではない。
富士通の変革の背景には、以下の我が国における二つの大問題が横たわっているのだ。
① 日本企業を支配してきた「若さ・活気」信仰の限界
② 採用を担うべき“人事の専門性”が、長年軽視されてきた事実
この二つを正面から見据えてこそ、富士通の改革の本質が見える。
本稿は、その“見えにくい構造”を読み解くための読み物である。

第1章|日本企業を支配する「若さ・活気」信仰という病
日本企業では「若い」というだけで価値が上がる。
活気・元気・素直・従順……。
昭和の大量生産モデルに最適化された価値観が、いまだに採用現場を支配している。
だが、現代の事業環境はどうか。
- 技術難度は上がり続け
- 労働人口は減り続け
- 市場は複雑化し
- 事業モデルは高速で更新され
- 企業寿命は劇的に短くなった
このような環境下で、
「若ければなんとかなる」
という思想は、もはや経営でも人材戦略でもない。
ただの精神論であり、企業の自殺行為である。
若さ・活気信仰の根底にあるのは、
「経験など必要ない。未熟なほど扱いやすくて都合が良い」
という、経営とは到底呼べない思考だ。
第2章|生産性上位国はスキル・経験ベースでの採用が寄与
米国・ドイツ・北欧(デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなど)は中高年(40-60歳)の経験・スキルが求められる国として知られている。
実は、生産性(労働生産性: GDP per hour worked, PPPベース)ではこれらの国が上位を占め、英国や日本と比べて高い傾向がある。
生産性データを見てみると、北欧(デンマーク101 USD, スウェーデン95 USD, ノルウェー148 USD)とドイツが上位で、米国も高い。OECD平均は約70 USD。
一方、英国・日本は57 USDであり、生産性が目立っている。
■ 世界主要国と日本の採用基準・経験価値の比較
| 国・地域 | 採用基準 | 経験の扱い | 年齢への態度 | 労働市場の特徴 | 日本との決定的違い |
|---|---|---|---|---|---|
| ドイツ | 職務定義・スキル重視 | マイスター制度で「経験=国家資格」 | 年齢は価値低下要因にならない | デュアルシステムで若手から専門性蓄積 | 経験が可視化され、市場価値が常に測れる |
| スイス | 能力・精度重視 | 精密産業で経験が最大の武器 | 年齢は強み | 高い中高年雇用率 | 生産性が極めて高く、経験がその源泉 |
| オーストリア | ドイツと同型 | ベテランを即戦力として重視 | 中高年は重要戦力 | 中小企業でも経験主義が強い | 若さではなく「熟練度」で採る文化 |
| 北欧(デンマーク等) | 公平・平等+スキル | 経験を尊重 | 年齢差別は社会的禁忌 | 労働移動が活発で中高年の収入も高い | 若さ信仰が存在しない |
| 米国 | 成果主義 | スキルと実績のみ | 年齢差別禁止法が強く効く | 中高年エンジニアが高収入 | “若いから採る”という発想がない |
| 日本 | 若さ・活気・従順さ | 経験は軽視されがち | 年齢が重く減点される | 労働移動率が極端に低い | 年齢ラベル採用というガラパゴス |
■ 労働力が減少する中で生産性を高められない日本
日本では、労働力が減少言われているにも関わらず、
- 若さを過剰評価し
- 経験を過小評価し
- 年齢を減点材料として扱い
- 労働市場で経験価値が可視化されない
という完全な逆走行為が是とされている。
若いこと自体は罪ではない。同じスキルや経験なのであれば、若さにアドバンテージがあるのは確かだ。
だが、日本企業は 若さに“過剰な意味”を付与しすぎ ている。
世界では経験・スキルは資産であり、価値の中心である。
しかし、日本では経験は“扱いづらい重荷”として扱われている。
この価値観の差こそが、
生産性・技術力・事業継続性を分けている。
第3章|日本企業の最大の問題は“経験を資産化できない”こと
日本の中高年雇用率は高い。だがこれは「手厚い活用」の結果ではない。
単に 解雇しにくいから残しているだけ だ。
労働移動率 のデータを見てみると、日本の40〜60代の労働移動率は OECD 最低水準である。
これはつまり、「企業は中高年を採りたがらない」という市場の声なのだ。
■ 経験の価値が“見える化”されない構造的理由
- 労働市場全体での若さ偏重(→スキルよりも年齢を優先)
- 年功序列文化(→経験は年齢に吸収される)
- 属人的OJT文化(→再現性のないスキル蓄積)
- 職務定義が曖昧(→スキルの価値が測れない)
この結果として、日本では
「経験が蓄積しても市場価値が上がらない」
という奇妙な現象が起きる。
■ 経験が活かされないと何が起こるか?
- 新規事業の立ち上がりが遅い
- マネジメント経験が組織に残らない
- 組織学習が起きない
- 技術継承が進まない
- 投資判断の精度が低い
つまり、日本がG7最下位、OECD加盟38カ国中28位と苦しんでいる“生産性の低さ”は、
若手や働き方の問題ではなく、
「経験を資産として扱えない文化」という構造問題が原因なのだ。
第4章|だから富士通は新卒一括採用をやめた──その合理性
富士通の改革は、先述の日本の採用文化を前提にすると革命的だ。
なぜなら、 新卒一括採用=若さ信仰の制度的結晶 であり、
富士通は大企業としてそれを正面から否定した形だ。
■ 新卒一括採用の何が問題だったのか?
- 年齢を大企業、中小企業問わず絶対的な採用基準にしている
- “ポテンシャル幻想”を助長する
- 企業側の評価能力の低さを若さで補っていただけ
- ミスマッチが大量発生する(大量採用→大量離職の構図)
- 結果として、国内市場全体としてスキル・経験の活用ができない
■ 富士通が取り去った呪縛
富士通は「新卒一括採用を取りやめる」という宣言により、次の三点を断ち切った。
- 年齢ラベルで入口を分けるのをやめた
- “新卒だから潜在能力が高い”という幻想を捨てた
- 職務基準で採用を行うという世界標準へ寄せた
これは、日本企業が長年避け続けてきた
“採用の本質” に真正面から向き合う動きである。
第5章|採用は人事のプロフェッショナルが担うべき専門業務
富士通の「新卒一括採用廃止」の方向性は極めて正しい。
しかし、採用権限を事業部側に寄せる構造 には危うさがある。
“誰が採用を最終判断するのか”という組織設計を誤ると、改革は逆回転を始める。
人事は本来、広報などと同様に、
社内全体についての情報を把握している必要があり、
- 事業計画
- 新規戦略
- 各部門の将来シナリオ
- 経営陣の意思
- 年間の人件費戦略
- 組織構造の変化
- 重要プロジェクトの可動タイミング
など、社内で最も豊富な横断情報を持つ部署 であるべきだ。
経営とツーカーの関係が最も理想的とも言える。
そのような会社全体への理解をベースとして、
採用業務は本来、「未来のPLと組織図を同時に設計する行為」であり、
最も高度な情報処理能力と事業理解を持つ人間だけが扱える領域である。
- 経営戦略の読解
- 人材市場の理解
- 組織構造の解析
- 中長期スキルマップの設計
- 配置と育成の一貫性確保
- 法務・労務知識
- ブランディングと広報連携
このような自社において専門的、横断的な情報を踏まえた上で、
初めて適切な採用業務を行うことができる。
間違っても若手1〜3年目の社員に任せて良い業務ではない。
「応募者になるべく近い感覚を大事にする」という理由で
採用担当に若手を置く企業は多いが、それはつまり
「採用の重さを理解していない」という企業側の無自覚な告白 に等しいのだ。
最終章|若さ信仰を捨て、適材を見抜く“プロ人事”を中心に据える時代へ
日本企業は長らく、若さ・活気という“扱いやすさの幻想”に依存してきた。
更には、安さという価値も加わり、盲目的な信仰でありつづけた。
だが、そのような「頭を使わない人事」の時代は終わりを告げつつある。
世界は経験を評価し、スキルを価値化し、
企業は適材適所の精度で競争力を高めている。
日本がこれから生き残るためには、
- 若さ信仰を捨て
- 経験を資産と扱い
- 人事をプロ化し
- 採用の質を構造的に上げる
この4点が不可欠だ。
今回の富士通の改革は、その第一歩である。
“若いから採る”ではなく、“必要だから採る”。
これが採用の本質であり、企業の未来を決める唯一確かな方法である。
元記事|新卒一括採用をやめた富士通で何が起きているのか。時田社長が語る人事改革の現在地(BUSINESS INSIDER JAPAN)