

序章|営利のプロがストックを捨てていては笑い話にもならない
日本企業は営利のプロを自認しながら、最も価値ある「人材」ストックを平気で捨て続けてきた。
中高年の豊富な経験、暗黙知、人脈という資産を、「働かないおじさん」として腐らせる。
大企業は新卒という新鮮なフローを大量に吸い上げて誤魔化せるが、中小・超小規模企業までが同じ「新卒、新卒」と血眼になる姿は本当に滑稽だ。
経営として、そして人事戦略としてお話にならない。
その結果、人手不足が構造的に深刻化する今、この構造は日本全体の生産性を蝕み続ける。
元記事において河田皓史氏が指摘する「働かないおじさん」問題の本質はここにある。
日本全体の人材ストックを有効に循環させない限り、復活など望めない。
本稿は、この笑い話にもならない非効率を直視し、「人材スライド」という現実的な打開策を問う。

第1章|「働かないおじさん」大量発生の構造
元記事にもあるように、50代前半でジョブパフォーマンスと会社満足度が最も低下することが調査で明らかになっている。
昇進の見込みがなくなった途端にやる気が失われる。これは企業が提供する目の前の人参――昇進・昇給・必要とされる実感・安定――が枯渇した結果だ。
これは本人だけの問題ではない。
むしろ、企業のインセンティブ設計の失敗の面が大きい。
出世レースから外れた瞬間、優秀だった人材がフェードアウトを余儀なくされる。
組織の暗黙知というストックが静かに腐敗していく。
頑張ってもアップサイドがなく、さぼっても大きなダウンサイドがない構造が、大量の「働かないおじさん」を生み出す。
その影響は本人たちに留まらない。若手が「管理職は負け組だ」と感じ、早期離職やFIRE志向を強める悪循環も招く。
つまり、企業は気づかないうちに、自らの最大の資産と、自らの未来を殺しているのだ。
営利を追求する企業が、こんな非効率を放置する姿は、プロとして失格の極みだと断言しよう。
第2章|大企業も中小も新卒狂いの滑稽劇
大企業や有名企業はまだ新卒を大量に吸い上げて、内部で人材を循環させることが可能だ。
しかし、中堅・中小・超小規模企業までが新卒、新卒と躍起になる姿は、滑稽を通り越して自滅的だ。
知名度や待遇で圧倒的に不利な中小企業が、新卒獲得において大企業と同じ土俵で戦う。
その結果、新卒採用難は年々深刻化していく。2026年卒の採用充足率は過去最低水準に近く、中小企業では計画未達が常態化している。
その一方で、中高年ストックは放置され、国全体の人材循環が止まってしまう。
フロー資産である新卒ばかり追いかけて、積み上げたストックを腐らせる。
営利のプロとして、これほど非効率な戦略があるだろうか。
笑い話にもならない愚行である。
これまでも構造は同じだったが、これまでは人口ボーナスのおかげで何とかなってきた。
しかし、特に人手不足が加速するこれからの時代、この構造は日本企業の足を引っ張り続けることになる。
大企業は新卒を囲い込み、中小は採用難で苦しむ。
結果として、日本全体の労働力は硬直したまま、生産性向上の機会を失ってしまうのだ。
人口減少時代に、こんな馬鹿げた新卒偏重を続ける余裕はないはずだ。
第3章|『人材スライド』こそ現実解
大企業で人参を失った中高年ストックを、中小が多少条件が悪くなることを前提に必要性を説得して獲得する。
最新の最先端ノウハウでは無いにしろ、1〜2世代前の成熟した技術、マネジメント経験、人脈が、人材の移動と共に移転する。
それが『人材スライド』である。
2026年現在、ミドルシニアの転職市場は過去最多水準に達する見込みだ。
大企業からの流出が増えている一方、中小の即戦力ニーズも高まっている。
しかし、まだ主流なのは、
「仕方なく採用」
「数合わせのロートル補充」
というネガティブスタートである。
ここを変えなければ、ストックが度外視され、ただのお荷物として消費されるだけとなってしまう。
人材スライドは、日本全体の人材循環を活性化できるポテンシャルを秘めている。
大企業はスリム化し、中小は成熟知見を獲得することができる。双方にメリットがある現実的な仕組みである。
そして、国内の企業がこの流れを戦略的に活かせば、国全体の生産性向上につながる。
大企業で頭打ちになった優秀層が、中小の現場でメンター役や専門職として再活躍できる場を与えられ、国内の隅々までその能力を余すところなく波及させることができるようになるのだ。
実際に、顧客開拓力や現場改善力といった暗黙知が、中小の規模感にぴったりフィットする事例が増えてきている。
この循環が広がれば、日本の人手不足は大幅に緩和され、労働生産性の底上げが現実味を帯びてくる。
第4章|中高年採用はマグロのトロだ
江戸時代、マグロのトロは脂が多すぎて腐りやすく、下魚のゴミ扱いだった。
ネギマ鍋で無理やり脂を煮て落として食べるしかなく、保存も効かず、庶民の口にも合わない。
まさに厄介者だった。
現代の中高年採用も「マグロのトロ」と同じである。
大企業ではお荷物化し、中小では扱いにくいロートルと敬遠され、無理やり配置して文句を言う。
いわば、まだ「ネギマ鍋段階」なのだ。
しかし、冷蔵技術――期待値すり合わせとオンボーディング――が整い、受け入れ側の価値観が変われば、脂の旨味とも例えるべき成熟知見は、最高級の大トロになる。
企業が脂を活かす使い方を学べば、極めて有用で強力な武器なのだ。
中高年人材の扱い比較表
| 項目 | これまで(ネギま鍋段階) | 本来の使い方(大トロ段階) |
|---|---|---|
| 企業側の見方 | ・コストが高い ・扱いにくい ・お荷物・ロートル | ・成熟知見の宝庫 ・即戦力 ・貴重な暗黙知 |
| 評価の基準 | ・年齢 ・人件費中心 ・生産性との乖離を問題視 | ・経験の質 ・判断力 ・人脈 ・脂の旨味を評価 |
| 配置の仕方 | ・無理やり配置 ・仕方なく採用 ・数合わせ | ・戦略的配置 ・専門職 ・メンターとして適材適所 |
ネギま鍋のように無理やり使って文句を言う時代は終わり、生で旨味を味わう段階へ移行する必要がある。
成熟した経験の厚みは、中小企業の課題解決にこそ輝くのだ。
第5章|企業も人材も、お互いの覚悟が問われる中途市場
中途採用、特に中高年は、頭数補充ではなく能力の獲得が前提となる。
だからこそ、新卒とは全く違う使い方が必要だ。
企業側は、新卒採用と同様に、何に期待しているかを言語化できないままキャリア採用をするケースも少なくない。
しかしそれではキャリア採用では本末転倒なのだ。責任は企業にある。
また人材側も、「大企業ではこうだった」を持ち込まず、中小の現場で即座に差を見せ、できないことも正直に伝える覚悟が必要だ。
●成功のための相互チェックポイント
- 採用時に具体的な役割と、期待成果を明確にすり合わせる
- 90日後・180日後など、新卒とは違う価値を発揮する計画を立てる
- 双方できないことも含めて開示し、現実的なギャップを共有する
- 報酬以外の「必要とされる実感」や「貢献の見える化」を準備する
期待値のすり合わせと、早期の明確な貢献への労使協力関係が、人材スライドを成功に導く鍵である。
お互いが本気で向き合わなければ、ミスマッチは避けられない。
中途市場の本質は、ニーズとサプライの合致だ。
曖昧なまま採用を繰り返せば、双方に損失が生じ、本来は活力を取り込むための採用行為が、結果的に組織から活力をどんどん奪ってしまうことにもなりかねない。
第6章|「仕方なく」から「戦略的獲得」への過渡期
ここ2〜3年、人手不足の深刻化により、ミドルシニア市場は確かに活性化している。
転職者数は過去最多水準になると予測され、大企業からの流出が増え、中小企業の即戦力ニーズも高まっている。
しかし現実には、まだ「仕方なく採用」が大半を占めている。
企業側は、「若手が取れないから仕方なく中高年を採る」というネガティブな意識で採用し、人材側も「他に選択肢がないから」と消去法で入社するケースが多い。
この不満スタートが、早期離職や社内摩擦を生む悪循環を続けている。
本当の転換はここから始まる。
企業側は、中高年を「ニーズを埋めてくれる人材」として戦略的に採用しなければならない。単なる人数合わせではなく、具体的に何を期待し、どのような貢献を求めているのかを明確に提示する必要がある。
一方で、人材側もそれに応えなければならない。
大企業での経験を中小の現場に翻訳し、驕ることなく、謙虚に貢献していく覚悟が求められる。
「できないこと」も正直に伝え、現実的なギャップを埋めながら価値を発揮し続ける姿勢が重要だ。
これらの成功事例が少しずつ積み重なり、それが、労働市場での「文化」へと変化して、いずれは「中途人材は扱いにくい」「中高年では再就職できない」といった従来の通説に取って代わる。
そのとき初めて、日本は国内に眠る労働力を本当の意味で使い切り、生産性の本格的な向上を実現できる。
現在はまだ、過渡期の真っただ中にある。
終章|国内の生産性をあまねく使いこなせ
日本の生産性が復活するためには、中高年ストックを国全体で有効に循環させることだ。
現在、日本の時間当たり労働生産性は60.1ドルで、OECD加盟38カ国中28位と低迷が続く。
主要先進7カ国では最下位クラスである。
このままストックを腐らせていけば、状況はさらに悪化するだけだ。
営利のプロとして、今あるストックを棄てる愚をやめ、労働市場の悪しき文化を変える覚悟を持てば、日本はまだ十分に立て直せる。
笑い話にもならない非効率を、笑い話で終わらせないために――今がその分水嶺だ。
元記事:大量発生中の「働かないおじさん」が有する「高い能力」 優秀な中高年を活かせない日本企業の損失(AERA DIGITAL)