

「成長ハラスメント」が象徴する、日本企業の“思考停止”
「1on1での対話が苦痛だ」「もう放っておいてくれ」──これは、50代のベテラン社員から聞かれるリアルな声です。
彼らにとって、1on1は“支援の場”ではなく、「成長しろ」という圧力を内包した場として機能してしまっている。それが今、企業の現場で“成長ハラスメント”として問題になり始めています。
では、なぜこうした現象が起きてしまうのか。
本質は、日本企業の「人材と組織に対する設計不在」にあります。

成長を「前提」にする企業文化の危うさ
多くの日本企業では、「社員の成長が会社の成長につながる」という考えが根付いています。
一見すると正しいように思えますが、実際には次のような問題を内包しています。
- 企業自身の成長戦略が不明瞭
- “育成”を現場に丸投げ
- 社員の努力に依存する属人的な経営
この構造では、企業が組織として“どう成長するか”という設計図が存在しないまま、人材の成長に賭けている状態です。
これはもはや「戦略」ではなく「賭け」。つまり、人材の成長頼みの経営=ギャンブル型経営です。
なぜ「成長ハラスメント」が生まれるのか?
● 本来の1on1の目的とは異なる運用
1on1は「対話による信頼構築」「障害の早期発見」などを目的にした制度ですが、実際には次のような運用が見られます。
- 全員一律・週1回の実施を義務化
- 若手とベテランで同じテンプレート使用
- 「最近どう?」の表面的な質問で終わる
こうした画一的な実施は、本来の目的と大きく乖離しており、特に50代以上のベテラン社員にとっては「成長せよ」「何かを変えろ」という暗黙のメッセージとして圧力になるのです。
● 「期待」の押しつけがストレスになる
会社側は「期待している」「成長してほしい」と善意で伝えているつもりでも、受け手がそう感じるとは限りません。特にキャリアの終盤に差しかかったベテランにとっては、こうした言葉が「今さら何を?」「まだ変わらなければならないのか」というプレッシャーや不信感に変わります。
「設計なき育成」は経営の責任放棄である
本来、組織の人材戦略とは次のようなプロセスを含むべきです。
- 会社が「どう成長するか」を設計する
- 必要な役割・スキルを定義する
- それに基づき人材を採用・配置する
- 成長支援はその目的に合わせて実施する
しかし、多くの日本企業はこの設計を飛ばして、
- 若くて優秀そうな人材を大量採用
- 配属は会社都合の“ガチャ方式”
- 育成は現場に丸投げ
- 成果が出なければ「本人の問題」扱い
という“思いつき経営”に陥っています。
ここに明確な戦略や構造はありません。ただ期待をかけて、あとは祈るだけ──まさにギャンブル経営です。
プロスポーツと企業の人材運用の決定的な違い
プロスポーツの世界では、成長に期待することは“戦略”です。
- 選手の特性を見極めて獲得し
- ポジションや育成プランを緻密に設計し
- チームの方針に基づいて育てていく
すべては“勝つための再現性”に基づいています。
それに対して日本企業の人材運用はどうでしょうか?
- 採用段階での役割設計がない
- 配属後の活用プランもない
- 「現場で育つことを期待するだけ」
この違いは、責任感と設計力の差です。
プロは「どう活かすか」を前提に人を採りますが、日本企業は「育つことを期待してとりあえず採る」のです。
精神論と構造論の違い
日本企業の人材観は、未だに旧来の“軍隊的マネジメント”の延長線上にあります。
● 精神論型マネジメントの特徴
- 「全員で一丸となって戦うべき」
- 「足並みを揃えろ」
- 「個人よりチームが優先」
これは一見“協調性”の美徳にも見えますが、実態は同調圧力と精神論です。
とくに、キャリアやライフステージが異なる多様な社員に対して、一律に成長や努力を強要すれば、必然的に“成長ハラスメント”が発生します。
現代に必要なのは「戦略的チーム主義」
集団の力は日本の強みであり、すべてを欧米型の個人主義に置き換える必要はありません。
しかし、今求められるのは以下のような“進化した集団力”です。
● 戦略的チームの条件
- 役割と責任の明確化
- 多様な貢献を許容する文化
- 「成果が出る仕組み」の設計
- 自律性と連携が両立する組織構造
これは、「全員が同じ方向を向いて頑張れ」ではなく、**「それぞれが自分の持ち場で最適に機能する」**ことを意味します。
経営がやるべき3つの再設計
企業が成長ハラスメントを脱し、真の組織力を築くには、以下の3点の再設計が不可欠です。
① 成長前提の採用から、活用前提の採用へ
- 「どんな人がほしいか」ではなく「どう使うか」を先に決める
- スキルと経験に基づいたマッチングを徹底する
② 育成は精神論ではなく設計と支援の仕組みで
- 上司の“気合”に頼る育成から脱却
- スキルマップやキャリアパスの設計を明確に
③ 組織としての成長設計を描く
- 市場と競争環境に照らして、会社としての成長の方向性を明示
- それに必要な人材像を定義し、逆算して人材戦略を立てる
終わりに:成長を強いるのではなく、活かせる組織へ
「成長してくれないと困る」と思っている時点で、経営はすでに失敗しています。
本来、成長は“あればありがたい副産物”であり、それがなくても成果が出るように仕組みを整えるのが経営の役割です。
成長を“義務”とせず、多様な人材をそれぞれの形で活かす組織こそ、真に強い企業です。
そしてそれは、「精神論から構造論へ」の発想転換なしには実現しません。
今こそ、設計なき成長依存の時代に終止符を打つ時です。
経営も人事も、制度も思想も、アップデートが求められています。
「もう放っておいてよ…」職場での成長ハラスメントにうんざりするベテラン社員。意外な本音とは?(ダイヤモンド・オンライン)