

“まず活かす”が最も合理的──新任マネジャーのあるべき戦略
1. はじめに:なぜ「否定から入る管理職」が問題なのか
新任マネジャーが新しい部署に赴任した際、よく見られる誤った行動が、前任者のやり方や文化を否定することで自身の存在感を示そうとする姿勢です。
このやり方は、一見すると「改革的」で「リーダーシップを発揮している」ように見えるかもしれません。しかし、会社の視点から見ればこれは非常に非合理的かつリスキーな行動であり、むしろ組織文化を損ない、チームの信頼関係を崩壊させるという実害をもたらします。
2. 新任マネジャーが陥りがちな「自己主張型マネジメント」の罠
「自分の色を出さなければならない」「前任者とは違うという印象を与えたい」──これは多くの新任マネジャーが抱く無言のプレッシャーです。
しかし、その思考が暴走すると、以下のような現象が起こります:
- 過去の取り組みを“全部リセット”
- 長年築いてきた関係性を無視
- 部下の努力や実績まで否定する態度になる
このような振る舞いは、「現場を知らずに否定から入ったマネジャー」としての不信感を生み、チームの結束力と生産性を著しく低下させます。
3. 会社から見た「現場」の正しい評価とは
会社にとって現場は「今まさに動いている資産」であり、前任者と現場メンバーが積み上げた**“稼働中の仕組み”**です。
それを否定から入って破壊することは、以下のようなコストを会社に強いる行為です:
- 信頼関係の再構築に時間とリソースがかかる
- モチベーション低下による離職やパフォーマンス低下
- 結果的に成果が出るまでに長期的な“機会損失”が発生する
つまり、前任者否定型のマネジメントは、会社にとって明確な「損失」でしかないのです。
4. 活かすべきは現場──“小労力”こそ最大の合理性
「新任だからといって卑屈になる必要はない」が、「謙虚であるべき」──このバランス感覚こそ、新任マネジャーに最も求められる資質です。
- わからないことは明確にする
- 協力をお願いする
- 現場の知見を頼り、巻き込む
こうした行動は、単なる遠慮ではなく戦略的な合理行動であり、最小限の労力で最大の成果を得る“経営的思考”でもあります。
5. 心理的安全性という裏付け──Amy C. Edmondson教授の理論
ハーバード・ビジネス・スクールのAmy C. Edmondson教授が提唱する「心理的安全性(Psychological Safety)」は、この議論の理論的な支柱となります。
“Psychological safety is a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking.”
― Amy C. Edmondson(1999)
つまり、人間関係のリスク(恥、拒絶、批判など)を恐れずに意見を言える環境が整っているかどうかが、チームの学習力や成果に直結するのです。
新任マネジャーが「前任者を否定する=チームの慣れ親しんだ価値観を否定する」としたら、それは心理的安全性を壊す行為です。
結果として、
- 部下が本音を言えない
- 挑戦を避ける
- 失敗を隠す
──といった状況が生まれ、組織が停滞します。
6. では、成果を生む新任マネジャーはどう動くべきか?
ここで重要なのが、「現場の継続性を保ちつつ、必要な箇所にだけ最適化をかける」というスタンスです。
以下のような行動が鍵になります:
- 現場の現状を徹底的に観察・理解する
- 過去の取り組みや方針に敬意を示す
- 必要な変更には、理由と背景をセットで提示する
- 部下との対話に時間を割き、「前提の共有」を怠らない
このように、「つなぐ力」を軸に置いたマネジメントこそが、組織にとってもっとも安全かつ成果に直結するスタイルです。
7. “威厳”とは否定ではなく、理解と共感から生まれる
新任である以上、「威厳を保たねば」という気持ちは当然です。しかし、威厳とは圧力でも知識量でもなく、態度からにじみ出るものです。
- 理解しようとする姿勢
- 他者の意見を受け止める器
- 正直で率直な発言
これらが組み合わさることで、部下は「この人のもとで働きたい」と思うようになります。これは、命令やルールで得られるものではありません。
8. 結論:会社が本当に必要としている管理職像とは
組織が本当に求めているのは、次のような人物です:
- 既存資産(文化・人・システム)を尊重しつつ、必要な改善だけを行える人
- 現場を混乱させず、着実に成果を積み上げていける人
- 組織の継続性を壊さず、変革を“つなぎ直す”力を持った人
このような人材こそが、会社にとって「投資に見合う管理職」なのです。
🔻まとめ:マネジメントの本質は、“自分を出す”ことではなく、“全体を動かす”こと
変えることは簡単です。しかし、活かしてから変えることは難しい。
だからこそ、そこに価値があります。
マネジャーとは、現場の声を聞き、歴史を汲み取り、リスクと成果を天秤にかけて判断する「現場戦略家」であるべきです。
新任マネジャーとして本当に問われるのは、“どれだけ変えたか”ではなく、“どれだけつないだか”です。
「異動先で嫌われる上司」と「新天地でも活躍できる上司」の決定的な違い