

■ リベンジ退職は「火種」の炎上である
リベンジ退職──。その言葉の響きから、感情的で破壊的な印象を受ける人も多いだろう。しかし実態は、突発的な逆恨みではない。多くの場合、社員が長期にわたって感じ続けた「筋の通らなさ」──つまり、道理に反した企業対応の蓄積が“火種”となり、それが何かをきっかけに“着火”して表面化したにすぎない。
そして今、その火は個人の発信力によって一気に燃え広がる。

■ 「筋の通らなさ」が火種になる構造
企業にとっては些細な判断でも、社員にとっては「納得できない」と感じる瞬間がある。
- 理由の説明もない異動や降格
- 業績を挙げても正当に評価されない人事
- ハラスメントの放置と、形式的な対応
- 意見を述べても無視される社内会議
こうした小さな“理不尽”は、組織に残る者にとっては“耐えるもの”かもしれないが、辞める者にとっては“復讐の理由”になりうる。
これは日本独特の「情に縛られた雇用関係」とも関係が深い。情でつながる職場だからこそ、関係が破れたときには感情が強く揺れる。
■ 実際に起きている「リベンジ退職」事例
リベンジ退職の象徴的な事例として、まず挙げられるのが米国家安全保障局(NSA)の元職員、エドワード・スノーデン事件である。彼は、米国政府による大規模な個人情報監視活動に異議を唱え、2013年、自身がアクセスできた機密情報を暴露し、世界に衝撃を与えた。
スノーデンの行為は、単なる内部告発ではない。政府内での扱われ方や組織の対応に対する根深い不信感が背景にあったとされる。彼は、自分が信じる正義に反する組織の在り方に対して、強烈な“出口戦略”として機密情報の公開という形を選んだ。世界の安全保障にまで影響を与える巨大なリベンジ退職だったとも言える。
もう一例、企業規模における影響が顕著だったのが、元Google社員によるハラスメント内部告発事件だ。2018年、Googleで女性差別やハラスメントが組織的に黙認されていたとして、複数の元社員がSNSやメディアを通じて実態を公表。これが大規模な社内ストライキに発展し、Google本社前で数千人規模の抗議デモが行われた。企業ブランドは大きな打撃を受け、経営層の刷新や再発防止プログラムの見直しにまで発展した。
これらは、日本におけるリベンジ退職とは形式もスケールも異なるが、共通しているのは「納得できなかった」「筋が通らなかった」ことへの反応であり、それが組織全体を揺るがす結果を生んだ点だ。現代においては、個人のリスク行動が、組織の信用や市場価値をも左右する力を持っている。
■ 発信時代における「反道理」の露呈
現代は、ブラックボックスに物事を押し込められる時代ではない。X(旧Twitter)、YouTube、匿名掲示板──情報の発信と拡散はもはや止められない。
「筋が通らない」と感じた社員が、それを発信する手段を持ってしまった今、企業の不誠実さは不可避的に可視化される。
しかも、社員の声は「愚痴」ではなく「証言」として扱われ、検索結果に残り、採用・広報活動を蝕む。企業イメージを決めるのは、企業自身ではなく“辞めた社員”である時代なのだ。
■ 「火種」に金を使わず「延焼」に金を使う企業
火種があるなら燃えるのは当然だ。しかし多くの日本企業は、火がついた後に消火活動を始め、広報や法務にコストを投じる。
それでは遅い。なぜなら:
- 燃えた後では既に信頼は損なわれている
- ネット上に“記録”が残る時代では、完全な消火は不可能
- “火をつけた本人”はもういない(退職している)
それにもかかわらず、多くの企業が「火種を見つけて潰す努力」には予算を割かない。なぜか?
- 成果が数字で見えにくい
- 予防行動が評価されにくい
- 現場任せで“空気”に頼る文化が強い
こうして火種は放置され、「燃えたら消す」ことだけが正義のように語られる。
■ リスクコントロール vs ダメージコントロール
| 観点 | リスクコントロール(予防) | ダメージコントロール(対処) |
|---|---|---|
| タイミング | 火種の段階で対処 | 着火後に火を消す |
| コスト | 安定的・予測可能 | 突発的・高コスト |
| 効果 | 信頼維持、離職防止 | 一時的な延命、信用毀損の後処理 |
| 文化 | 対話・傾聴・制度設計 | 謝罪・火消し・封じ込め |
企業経営にとって、必要なのは“火を見つけて消す力”ではなく、「燃えない構造」を作る力である。
■ 企業が今すぐできる“火種対策”
火を消す前に、火種を生まないこと。それがリスクコントロールの本質である。
具体的施策例:
- 人事異動・昇進時に必ず“本人説明”を義務付ける
- 部下満足度アンケートを管理職評価に組み込む
- 1on1を義務化し、内容を“誰か”がレビューする
- 退職者ヒアリングを第三者に任せ、経営に報告
- 就活サイト・SNSの企業レビューを毎月チェック
これらは“火種”を見つける仕組みである。そして、「火種があった」と報告できる風土づくりこそ、最強の予防策だ。
■ 終わりに:誠実さこそ最大の防火設備
人を使う以上、逆恨みは完全に防げない。
だが、「筋が通っていない」と感じる人が少なければ、リベンジ退職のリスクは低減される。社員は黙っていない。会社に火を放つ“自由”はすでに誰の手にもある。
だからこそ、筋を通すこと。誠実であること。それが経営にとって、最も安くて強力な“防火設備”である。
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