

「退職者が続く」という現象の裏にあるもの
企業の人事担当やマネジメント層にとって、「退職者が続く」というのは大きな懸念材料だろう。
組織運営にとっても、業務継続にとっても、チームのモチベーション維持にとっても、少なからぬ影響がある。
だが、その退職がすべて“悪”なのかと言えば、答えは否である。
退職が続くこと“すべて”が悪ではない。
問題は、どんな退職が続いているかである。

退職の背景には「置いていかれた感覚」がある
2025年4月に発表されたパーソルキャリア「Job総研」の調査では、「知り合いの退職で『自分はこのままでいいのか』と悩んだことがある」と答えた人が74.0%にのぼった。
この数字の意味は重い。
つまり、7割以上の人が「他人の退職によって、自分の環境に疑問を持った」ということなのだ。
これは偶然ではない。むしろ、「辞めたくなる環境」がそこかしこに存在しているという社会構造の現れだ。
特に、「置いていかれているように感じた」という回答が示唆的である。これは、「不満が明確にあるわけではないが、今のままで良いとは思えていない」という曖昧な違和感を反映している。未言語化の不満や焦燥感が、他人の退職によって炙り出されるのだ。
退職者には2種類ある:ステップアップ型と後ろ向き型
退職という行動の中には、大きく2つのベクトルが存在する。
● ステップアップ型退職
- キャリアアップや起業、転職市場での挑戦を目指す
- 新たな環境で自分の力を試したい
- 現職に満足していても、あえて出る決断をする
● やむを得ない後ろ向き退職
- ハラスメントや評価への不信、上司との摩擦
- 成長実感の欠如や、待遇への諦め
- 変わらない職場環境に絶望して去る
この2つは、同じ「退職」であっても、その意味はまるで違う。
前者は組織の力を示すが、後者は組織の限界を暴く。
ステップアップ型退職が「企業の育成力」を証明する
若いうちにキャリアアップや挑戦を望むのは自然なことだ。
その欲求を支え、背中を押す環境がある会社であれば、むしろ人材が辞めていくことは育成の成功を意味する。
たとえば、リクルートをはじめ、サイバーエージェントやメルカリ、野村総合研究所(NRI)、ゴールドマン・サックス日本法人などは、一定の期間で人材が辞めていく傾向があるが、それが「負の結果」ではなく「成長の証」として受け止められている。
それぞれの企業には以下のような特徴がある:
- サイバーエージェント:若手に早くから裁量を与え、育成と放任のバランスをとる文化がある。出身者はマーケティングやメディアなど多方面で活躍しており、「早期に実力をつけられる企業」として認知されている。
- メルカリ:自律した人材が育ちやすい。短期間で転職する人も少なくないが、転職市場では「メルカリ出身」というだけで高評価される土壌があり、人材の成長サイクルが機能している。
- 野村総合研究所(NRI):コンサルファームとしての実務経験や修羅場での鍛錬を通じて、プロジェクトマネジメント能力が磨かれる。外資系企業や起業へとキャリアを展開する人材も多く、いわば“経営人材の登竜門”とも言える存在。
- ゴールドマン・サックス日本法人:厳しい成果主義と実力主義により、短期間で金融スキルとマネジメント能力を体得できる。退職後もプライベートエクイティファンド、起業、MBA進学など多様なキャリアに進む人が多い。
このような企業に共通しているのは、**「辞めたあとに伸びる人材が多い」=「その会社で学べることが多い」**という評価が成り立っている点である。
つまり、「辞めること」自体が、その企業の育成力・実践環境・ブランドの証明になっている。
そして何より重要なのは、こうした会社では「退職しても成功するし、会社も成功し続ける」という循環ができていることである。
その理由は明確だ:
- 育成サイクルが回っており、次の人材が育つ
- 退職が組織の価値を下げるどころか、逆に“出身者ブランド”としてプラスに作用する
- 退職者とのネットワークが維持され、将来的な協業やシナジーの種になる
つまり、「人材の流動性」を前提とした経営がなされており、退職を止めるのではなく、“活かす”発想に転換されているのだ。
問題は「後ろ向きな退職」が続く会社
一方で、最も危険なのは「やむを得ない後ろ向き退職」が静かに連鎖する組織である。
以下のような特徴を持つ会社に多く見られる:
- 上司のハラスメントが放置されている
- 評価や昇進が不透明で恣意的
- 意見を言っても無視される、あるいは報復される
- 成長機会がなく、毎日がルーチン
- 「辞めても何も変わらない」という諦めが広がっている
こうした職場では、誰かが辞めるたびに空気が重くなる。
そして、次の退職者がまた現れる。
それは人の問題ではなく、“土壌”の問題だ。
「上司が原因」=「会社の責任」である
「上司と合わなかったから辞めた」──この言い訳はよく聞くが、その“上司”を選び、育て、管理しているのは会社である。
上司の資質は“組織文化の反映”であり、その放置は“組織の選択”である。
- 管理職に対する評価が形式的
- 部下の退職が起きても責任が問われない
- 改善提案が握りつぶされる構造がある
このような会社では、後ろ向きな退職が止まらない。そしてそれは、「企業が問題を直視していない」という危険なサインだ。
「退職が続く」現象の本質は、“組織の自己評価”
退職は個人の決断であると同時に、職場環境への“フィードバック”でもある。
とくに、同じ理由で複数人が辞めているのであれば、それは個人の問題ではない。組織が何らかの機能不全を起こしている証左である。
経営者や人事が注目すべきは、「なぜ辞めたか」「何を訴えていたか」「なぜ止められなかったか」だ。
まとめ:会社は“前向きな退職”を増やす努力を
退職が悪ではない時代において、企業に求められるのは“辞めさせないこと”ではなく、“良い辞め方ができる仕組みを持つこと”である。
前向きな退職が増える会社は、常に人を育て、送り出し、また迎え入れる力がある。
後ろ向きな退職が連鎖する会社は、育てることも、守ることも、変えることもできていない。
「何人辞めたか」ではなく、「どう辞めたか」こそが、企業の価値を決める。
知り合いの退職で「自分はこのままでいいのか」悩んだ経験「ある」74.0% パーソルキャリア「Job総研」調査: J-CAST 会社ウォッチ