

はじめに──「OJTで育てる」は教育なのか?
「うちはOJTで育てるから」──この言葉が、現代の職場でどれほど無責任に使われているかをご存知だろうか?企業の多くが「実践的で合理的」と考えるOJT(On-the-Job Training)。だが、その実態は「何も教えず、現場に放り込む」だけの放任であることが少なくない。
そのような“教育のすり替え”が、若者の成長機会を奪い、離職を加速させている。本稿では、OJTの形骸化がなぜ問題なのか、そして現代に必要な「育成の再設計」について、スポーツや芸術の例を交えながら論じていく。

1. 型がなければ、育たない
■ 空手・野球・絵画に見る「型」の重要性
- 空手:基本の型を反復して身に付けることで、応用技が活きる
- 野球:バットの握り方、構え、投球フォームはすべて基礎がある
- 絵画:最初は模写から入り、技術を蓄積した上で個性を出す
どの分野でも共通しているのは、「型を知ってから崩せ」という原理原則だ。自由や創造性は、型を身につけた者だけに許される特権である。
■ OJTに型がないという致命的欠陥
ところが、職場教育では「とりあえずやってみろ」「現場で覚えろ」という精神論が横行し、最初の型すら示さないまま放り出す。その結果、
- 何を基準にして良いかが分からない
- 失敗の原因が不明なまま怒られる
- 成長実感が得られず、自己評価もできない
これはもはや「育成」ではない。
■ 育成は「土づくり」から始まる
職場の育成も、農業と同じく“土づくり”が要だ。何の準備もないままに新人を放り込むのは、耕していない土地に種をばら撒くようなもの。偶然芽が出ることはあっても、安定して収穫が見込める畑には育たない。
基本の型、業務知識、マナーといった基礎は、栄養豊かな土である。これが整って初めて、実践という水と光が活かされ、個の成長という“作物”が実る。育成とは、一過性の技術伝達ではなく、再現可能な成果を支える地盤づくりであるべきだ。
2. 背中を見て学べ? その言葉の誤解
■ 職人の世界の“背中”には意味がある
「背中を見て学べ」という言葉は、もともと職人の世界における伝承文化だ。だがそれは、熟練者が「見せる技術」を持っているからこそ成り立つものである。
しかし現代の職場では:
- 見られている意識がない
- 手順も構造も非公開
- 暗黙知を明示化しない
このような環境で「学べ」というのは暴論でしかない。
3. Z世代批判の誤解とすり替え
■ 「指示されないと動かない」は本当か?
Z世代が「言われていないからやらない」と言われることは確かにある。だが、やるべきこと自体が見えていない、明確に設計されていない状態で「主体性がない」と切り捨てるのは、組織の怠慢である。
| 状態 | 問題の本質 |
|---|---|
| やるべきことが明示されている | 意欲や責任感の問題 |
| やるべきことが不明・未共有 | 教育設計・情報設計の欠如(組織の責任) |
「分からなければ聞け」というのは、十分な前提知識がある人間にしか通用しない。いま求められているのは、「聞かなくても分かる」「調べれば辿り着ける」情報と構造である。
4. なぜ“設計”が必要なのか?
■ 育成設計:段階的に「できるようになる」プロセスを用意せよ
- 初期:座学でルールや構造を学ぶ
- 中期:基本的な型を実践で反復
- 後期:自律的に考える力を育てる
このステップがなければ「まずやれ」は無責任に過ぎない。
■ 情報設計:属人化を排除し、知を共有財産に
- 業務マニュアル
- よくあるQ&A
- チュートリアル動画
属人化を防ぎ、誰もがアクセスできる知識基盤を作ることで、タイパ(タイムパフォーマンス)の高い学習が可能になる。
■ 文化設計:質問できる空気・失敗できる安心感
- 「こんなことも分からないのか」と言わない
- 指導者の教育スキル研修を実施
- チームで育てる文化を醸成
育成とは、構造と風土の両輪で成り立つ。
5. なぜ企業はOJTに固執するのか?
■ 根本的な要因
- 教育に手間とコストをかけたくない
- 属人的指導への甘え
- 「自分もそうだったから」という再現不能な自己正当化
だが、これらはすでに通用しない。採用競争が激化し、人材が流動化する中、教育設計のない企業は「人を確保しても定着しない」というコスト倒れに陥る。
6. では、どうすればいいのか?
■ 実行すべきアクション一覧
- 入社前に提供する予習コンテンツ(動画・スライド)
- 初期研修でのビジネスマナー・労働法座学
- 業務フローの可視化(タスク一覧・タイムライン)
- 育成スケジュールの段階設計(週次の目標)
- 業務知識のナレッジベース構築(検索可能な仕組み)
- 定期的な1on1フィードバックと質問受付制度
- 指導者向けの「教え方」トレーニング
7. 自律は“育てるもの”であって、“期待するもの”ではない
「自分で考えて動け」という言葉は、十分な土台と構造の上に初めて成り立つ。OJTだけでは、その地盤が用意されていないまま、自由と責任を押しつけているにすぎない。
仕事も同じだ。肥沃な土のない畑では、種をいくら撒いても育たない。若手が“芽を出す”には、環境が先に整っていなければならない。
- 型=種を育てる手法
- 座学=土の栄養
- 情報共有=水と光
これらが揃って初めて、人は自らの根を張り、枝を広げられる。「自律型人材」は自然に育つものではなく、耕された畑でこそ育つ“作物”なのだ。
結論──育成は「設計の手間」から始まる
育成とは、偶発的に誰かがうまく育つことではない。誰が入っても、一定水準まで“できるようになる”ための道筋を整えることである。
OJTという言葉に逃げず、真に人を育てるとはどういうことか。企業・管理者がいま一度その意味を問い直すべき時が来ている。
なぜ「OJT」ばかりの企業に若者は定着しないのか? 上司が部下育成を勘違いする理由(ITmedia ビジネスオンライン)