

はじめに:「推し活制度が話題」という現象の裏側
最近、「推し活休暇」や「推し活手当」といったユニークな福利厚生が話題を集めている。企業が従業員の私生活や趣味を積極的に支援する姿勢は、若年層を中心に好意的に受け止められており、採用活動や企業ブランディングの観点から注目を浴びている。
だが、この「話題の制度」をそのまま真似ることに、企業としての価値はあるのだろうか。重要なのは、制度そのものではなく、それがどういう思想から生まれたかである。制度は表面、思想は本質だ。本稿では、推し活制度を入り口に、「制度設計と採用戦略において思想がいかに重要か」という論点を丁寧に読み解いていく。

推し活制度は“成果”であり“戦略”である
推し活制度が生まれた背景には、単なる思いつきではない、戦略的な設計思想がある。
- 若年層の応募者が価値を置くのは「私生活との両立」
- 人材定着の鍵は「個人としての尊重と自由の確保」
- SNSで共感される制度は、採用活動にとって強力な宣伝効果を持つ
つまり、推し活制度とは単なる福利厚生ではなく、現代の人材価値観に応答した結果なのである。制度単体が評価されたのではなく、「会社としての姿勢」が共感を呼んだという点が最重要である。
実際、この制度を導入した企業では、「制度があるから入社した」のではなく、「この会社なら自分の価値観を尊重してくれそう」と感じたという声が多い。つまり制度は単なる象徴であり、思想への共感こそが人を惹きつけているのだ。
成功事例の「模倣」がなぜ危険なのか?
推し活制度のような成功事例を「いいね、それうちでも」と形式的に模倣する企業は、以下のような副作用に直面する。
1. 企業文化と制度が噛み合わない
- 制度があるのに申請しづらい空気がある
- 管理職が制度の趣旨を理解していない
- 利用者が「ズルい」「サボっている」と思われる社内風土
結果として、制度は形骸化し、むしろ不信感や不公平感を社内に広げることになる。
2. SNSで“見抜かれる”
現代は、社内の実態が簡単に外に漏れる時代だ。
- 「制度はあるけど使いづらい」
- 「実際には理解のない会社だった」
- 「中身のないパフォーマンスだけの制度だった」
こうした実態は、X(旧Twitter)やOpenWork、転職会議などの口コミメディアを通じてあっという間に拡散される。表面だけ整えても、信頼は得られない。
3. 採用はできても“定着”しない
期待値だけが先行し、入社後の実態とのギャップに失望する。すると、
- 「あれ?全然使えないじゃん」
- 「話が違う」
- 「もう辞めよう」
となり、退職代行などであっさり辞められる。これはまさに”制度だけ先行”の弊害である。
現代は「思想でつながる時代」
採用市場の構造は、もはや過去とはまったく異なる。
| 時代 | 労働市場の特徴 | 企業の採用姿勢 |
|---|---|---|
| 高度経済成長期 | 売り手市場 | 来てくれれば誰でも良い |
| バブル期 | 高待遇競争 | 金で釣る |
| 就職氷河期 | 買い手市場 | 一方的に選ぶ |
| 現代(令和) | 多様化・共感重視 | 選ばれる努力が必要 |
つまり、いまは企業が選ぶ時代ではない。企業が評価され、選ばれる側になったのだ。どれだけ待遇が良くても、どれだけ制度が整っていても、企業としての姿勢に共感されなければ人は来ないし、定着もしない。
そして応募者は企業の「思想」を見ている。そこで「この会社は、自分の人生を否定しない」と感じさせる企業だけが、強い共感と信頼を獲得できる。
「思想→制度→共感→応募」という流れが王道
人が自然と集まり、長く定着する企業にはある共通点がある。それが「思想→制度→共感→応募」という順序だ。
- 思想:まず、自社の価値観や理想像が明確であること
- 制度:その価値観に合致した制度を、自社の言葉で設計すること
- 共感:制度を通じて思想が伝わり、求職者の心を動かすこと
- 応募と定着:共感して応募してきた人材は、入社後のギャップが少なく長く働く
この順番を飛ばして制度だけを導入しても、効果は持続せず、むしろ制度不信を招くリスクが高い。制度は”戦術”であり、”戦略”たる思想が伴ってこそ真価を発揮するのだ。
制度は“コピー”ではなく“設計”するもの
魅力的な制度とは、他社のコピーではなく、自社の文脈から生まれたものである必要がある。たとえば──
- 離職率が高い職場に必要なのは、共感よりもまず安全性かもしれない
- コア人材が疲弊している職場では、推し活ではなく有給消化率の改善が求められるかもしれない
- 自律型人材を求める会社では、副業や学び直しの支援こそが“推し活”に匹敵する制度となる可能性がある
つまり、「推し活制度」という具体策に惹かれるのではなく、その背景にある“思想の翻訳”こそが本質だと理解すべきだ。
中身のない制度は“拡散されるリスク”を抱える
SNSは、制度の真偽を暴く拡声器である。
かつてなら「広報資料」や「企業HP」だけで印象操作できたが、今は実態が可視化される。現場の声、匿名の評価、あるいは社員による発信が、制度の本質を映し出してしまう。
- 「制度はあった。でも誰も使わなかった」
- 「部長に申請したら嫌な顔をされた」
- 「制度導入はアピール用で、文化はまるで追いついていなかった」
こうしたリアルな声が流布すれば、たった一人の投稿であっても企業の評判に深刻なダメージを与える。制度の導入とは、文化改革そのものであるという覚悟が必要だ。
採用ブランディングの本質とは?
採用は、単なる人集めではない。企業として「どんな人に、どんな意味で働いてほしいか」を言語化し、制度や文化に落とし込む行為である。
制度とは、言葉の延長であり、思想の可視化である。
だからこそ、推し活休暇を導入する企業に人が集まるのは、「推し活があるから」ではなく、「この会社なら人生を肯定してくれそう」と感じるからなのだ。
採用ブランディングとは、制度や待遇を飾り立てることではない。 思想を制度として翻訳し、文化として根付かせ、それを社会に誠実に提示すること。 それこそが、選ばれる企業への道である。
結論:制度ではなく、思想に人は惹かれる
推し活制度が成功している企業は、制度によって人を集めているのではない。企業として「あなたの人生を否定しない」ことを、制度を通して誠実に示しているからこそ、共感が生まれているのだ。
だからこそ、制度の真似は意味を持たない。 制度の背景にある「問い」「価値観」「設計思想」こそが、いま企業に求められている。
制度は戦術。思想こそが戦略。 その順序を間違えずに、時代にふさわしい“選ばれる企業”を目指すべきだ。
「推し活OK」こそが働きがいのある職場―「推し活できる会社」が選ばれる時代(Yahooエキスパートトピ)