

はじめに:「制度があるのに使えない」という日本の矛盾
日本では、世界的に見ても整った育児休業制度や時短勤務制度が法整備されています。
にもかかわらず、実際に育休を取ると職場に迷惑がかかる、時短勤務をすると出世から外れるといった「制度を使わせない空気」が根強く残っています。
それはなぜなのか。
答えは単純で、職場に“余裕”がないからです。
そしてこの“余裕のなさ”は、個人の甘えやわがままではなく、日本の企業構造、経営思想、社会文化に深く根ざした問題なのです。

生産性の低さが、あらゆる問題の出発点
日本企業の構造的な“余裕のなさ”は、労働生産性の低さに根本原因があります。
● 時間当たり労働生産性(OECD統計より)
| 国 | 生産性(USD/時間) | 特徴 |
|---|---|---|
| 米国 | 約80 | 成果主義・自動化・デジタル化が進む |
| ドイツ | 約75 | 短時間労働でも高効率 |
| フランス | 約70 | 週35時間制・高い社会保障 |
| 日本 | 約50 | 長時間労働・属人化・人海戦術 |
日本はG7最下位。OECD平均すら下回っています。
これは単なる数字の問題ではなく、人に“無理”をさせないと会社が回らない構造を意味します。
なぜ日本は生産性が低いのか
原因は複合的ですが、代表的なものは以下の通りです:
● 非効率な業務慣行
- 紙・FAX・ハンコ文化が根強い
- 会議や報告資料が多すぎる
- 現場でのIT・自動化投資が遅れている
● 努力信仰による評価の歪み
- 成果より「残業」「根性」「滅私奉公」が評価される
- 非効率を「誠実にこなす」人が昇進する
● 人件費=削減対象という発想
- コスト削減の最初の対象が人件費
- 「利益は人件費を削った結果生まれるもの」という誤った価値観
このようにして、企業に利益を生み出す余力がなくなり、雇用に投資できず、常に人手不足で職場が疲弊する構造が完成してしまっています。
「誰かが休むと迷惑」は構造の問題
出産や育児で誰かが一時的に抜けたとき、
「迷惑だ」「誰がカバーするんだ」「自分のことで精一杯なのに」といった声が上がるのは、多くの職場で“当たり前”のように見られる光景です。
しかし、これは人間性の問題ではありません。構造設計の失敗です。
欧米のように、ジョブ型雇用で業務が標準化され、属人化が排除されていれば、
「欠員=業務崩壊」ではなく、「欠員=チームでの一時補完」として回すことが可能です。
一方、日本は──
- 属人化された仕事
- 引き継ぎが曖昧
- 長時間労働前提
- プレイングマネージャーが業務を抱え込む
という構造のもと、「誰かが抜けると本当に詰む」職場になっているのです。
制度があるのに使えない理由は、“構造的余裕の欠如”
時短勤務、在宅勤務、育児休業──日本には制度はあります。
しかし、それを“使える空気”がない。
なぜか?それは制度を使うと現場が回らなくなるからです。
つまり、制度が問題ではない。設計が悪いのです。
欧米はなぜうまく回っているのか?
では、なぜ欧米諸国では育休も在宅も柔軟な働き方も“自然なこと”として機能しているのでしょうか?
それは以下のような土台があるからです。
| 観点 | 欧米 | 日本 |
|---|---|---|
| 雇用形態 | ジョブ型 | メンバーシップ型 |
| 業務設計 | 標準化・自動化 | 属人化・現場依存 |
| 評価軸 | 成果・効率 | 努力・残業・忠誠心 |
| 利益観 | 適正利幅→還元 | 利益=削減の結果 |
| 働き方 | 多様性を前提 | フルタイム・出社が正義 |
つまり、「制度がある」のではなく、
“制度が機能する社会の設計”がされているかどうかが決定的な違いなのです。
「利益を出すことは悪」という誤解
ここで、もう一つ大きな問題があります。
それは日本社会に根付く「利益=悪」「儲けすぎ=強欲」という空気です。
その結果、
- 価格は抑えられる
- サービスは無料でつける
- 利益は人件費を削って確保する
という、利益を“誰かの犠牲の上に積み上げるもの”とする経営姿勢が広まりました。
これは企業文化として、非常に危険です。
【提言】利益は誇りであり、人に還元してこそ社会的価値がある
今こそ、日本企業は発想を転換すべきです。
利益を出すことは、誇りである。
それは私利ではなく、人と社会に還元するためのエネルギーである。
✅ 利益を使って生むべき好循環
- 適切な利幅を商品・サービスに乗せる
- 利益を人件費・教育・人員補充に投資
- 余裕ある職場環境が生まれる
- 創造性・改善・新事業のアイデアが現場から湧く
- 生産性が向上し、さらに利益が増える
- 社会にも納税・雇用・サービスとして還元
- 信頼される企業へ
この循環に入らなければ、
日本企業に未来はありません。
人を削って維持する会社は「生きているようで死んでいる」
ギリギリの人数で、無理を強いながら事業を“回しているように見せる”会社は、
その実、**新しい価値を生み出せない“停止状態”**にあります。
社員は疲弊し、育児もキャリアも諦め、会社は惰性で存続するだけ。
それは**“継続”ではなく“消耗”です**。
働き方改革の核心は、「誰もが自然に休める設計」を作ること
- 誰かが抜けても業務が止まらない仕組み
- 制度を使っても出世競争から脱落しない評価軸
- フルタイムで働けない人も、成果で報われる文化
- 利益を人に使うことで、企業の持続性と信頼性を高める経営姿勢
これが、「人にやさしい社会」への道であり、
生産性と人権が両立する真の働き方改革なのです。
結論:余裕を生むには、“構造の更新”しかない
制度を導入することではなく、
制度が活きる構造に更新すること。
それこそが、これからの日本企業の「本当の改革」です。
🔑 フォーカスポイントまとめ
- 制度はあるが、使えないのは「余裕がない構造」のせい
- その余裕のなさは、生産性の低さが招いている
- 人件費削減による利益ではなく、適正価格による利益を誇るべき
- 利益は人に還元して初めて“社会の一員”になれる
- 誰かが休める仕組みこそが、成長と創造の土壌である
企業の未来は、「人の犠牲」の上にではなく、
「人にやさしい仕組み」の上に築かれるべきです。
今こそ、「利益を出すことを恐れず、余裕を生み、人を活かす」──
その経営思想を、私たちは社会に広げていかねばなりません。
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