職場は家族ではないことを知れ|無理な人間関係で管理職は破綻する(2025.7.18)

はじめに:「信頼関係を築けば辞めない」は本当か?

「心理的安全性」「信頼構築」「関係性の深耕」── 近年の人事・マネジメント領域では、このような言葉が頻繁に語られます。

退職を防ぐには、部下との信頼を築け── 1on1を定期的に行い、雑談を交え、弱みを見せ、共通点を探り、「人としてのつながり」を育め──

確かに、これらの手法が功を奏するケースもあるでしょう。できるなら、やったほうがいい。それ自体は間違いではありません。

しかし一方で、「信頼関係を築くべき」という義務感そのものが、現場を不自然な緊張で包み、かえって関係を歪ませている現実も見逃せません。特に、無理に人間関係を構築しようとすることが、管理職=上司側に過大な情緒的負担を強いるケースも多く、「そこまでして関係を続けるべきか」という問いが、現場から上がってくるのも無理はないのです。

講座バナー


合わない人は、何をしても合わない

仕事においても、人生においても、「人間関係の相性」というのは確かに存在します。 どんなに丁寧に接しても、どんなに自己開示をしても、噛み合わない相手というのは、一定数存在します。

上司と部下という関係であればなおさら、立場や価値観の違いも相まって、どうしても関係が冷え込む、すれ違う、あるいは気詰まりになる──

そしてここで問題になるのが、「それでも関係を改善しなければならない」という思い込みです。


職場は結婚ではない

職場の人間関係と、結婚や家族の人間関係は、本質的に異なります。

比較項目職場結婚・家族
法的拘束力雇用契約に基づく任意契約親族関係として民法上の拘束を受ける
終了の自由度退職は原則自由(民法627条)離婚には調停・合意・財産分与が伴う
継続の強制力なし子供や社会的責任により強く発生
感情の濃度薄くても機能可能愛情・信頼がなければ成立困難

結婚では、「合わなくても続けるべき理由」があります。 だが職場は違う。契約関係であり、割り切りが許される関係です。


「無理な関係」の末路──冷え切った関係性は破綻する

無理に人間関係を繋ぎ止めようとすることは、かえって破綻を招きます。 それは、職場の雰囲気か、人間関係か、仕事の内容か、いずれかの形で露呈するでしょう。まるで、冷え切った夫婦が「子どものために」と無理に一緒にいるような状態。

実際の職場ではこんな状況が起こります:

  • 表面上は礼儀正しく接するが、実質は“無関心”
  • チーム内の空気がぎこちなく、誰も本音を言わない
  • 離職する側は「もう限界でした」と静かにフェードアウト

こうした関係は、本人だけでなくチームや部下全体を疲弊させます。


なぜ「信頼構築」が強調されるのか──終身雇用の残骸

この記事で語られるような「信頼構築」「対話の継続」「心理的安全性の確保」── これらの発想は、本来終身雇用モデルの文脈でこそ成立していたものでしょう。

  • 一度採用したら、定年まで面倒を見る
  • 転職は稀で、社内異動で解決するのが基本
  • だからこそ、職場関係を「壊さず保つこと」が重視された

しかし、現代は違います。

  • 転職は当たり前
  • 契約もジョブ型へ移行しつつある
  • 役割の専門化と流動化が進んでいる

そんな中で、「一人一人と強い関係を築こう」とするのは、明らかに制度設計と合っていないのです。


仕事とは合理的に結果を求めるもの

職場は成果の場です。 うまくいっていない関係を「人間関係だから大事にしよう」と無理に維持するのは、誰にとっても不幸です。
本来、仕事はもっとドライであって良いのです。信頼が自然と生まれたなら素晴らしい。 でも、それを第一に据えるべきではない。結果を出すことが目的であり、関係性は手段にすぎない──これがビジネスにおける本来の視点です。

人間関係で従業員をつなぎ止めようとするなら、いずれ破綻します。 なぜなら、組織と人との関係は、条件と成果のトレードオフであるべきだからです。


良い人材を求めるなら、良い条件を出すべき

企業が優秀な人材を求めるのであれば、良い条件と環境を整えることが筋です。 給与、制度、キャリアパス、裁量、リモート環境──どれも「人を惹きつける」ための明確な材料です。信頼関係や心理的安全性も価値ある要素ではありますが、それは条件の補助的要素な「環境の一部」です。

「待遇では勝てないが、うちには人間関係がある」──それが通用するのは、好条件が揃っていて初めて説得力を持ちます。
条件を出せないなら、それに応じる層を受け入れる覚悟が必要です。 それが市場であり、契約というものです。


職場は家族じゃない。職場は契約である。

職場はあくまで、契約関係にもとづいた成果を出すための場です。

  • 合わない人がいてもいい
  • 信頼が築けなくても、システムとして成果が出ることが重要
  • 無理に関係を維持するために、成果が犠牲になるべきではない

そのうえで、もし信頼が生まれたら──それは“幸福”なことであり、“前提”ではない。
人間関係を第一手に置くような組織設計は、雇用契約という仕組みからして不健全なのです。


結論:「信頼」は義務ではない。「契約」が基盤であるべき

  • 信頼は築けたら良いが、築くことが義務ではない
  • 仕事は結果が優先。人間関係は手段のひとつにすぎない
  • 職場は契約であり、対価と成果が対等であるべき
  • 合わないものを無理に合わせようとすべきではない

無理な関係構築に疲れ果てる前に、「そもそも職場とは何なのか」を問い直すべき時が来ています。