外国人労働者に依存する企業のリスク|属人化に技術進化が突きつける現実(2025.7.22)

「このままでは路線が維持できない」──
バス会社の切実な声がメディアを通じて報じられた。彼らの訴えは明確だ。「人が足りない」。
だから、外国人を採用したい。人手不足を埋めるためには、それしかない。

…本当にそうだろうか?

外国人労働者の受け入れは、単なる人手不足の解消策ではない。
それは、日本企業が自らの経営課題を覆い隠し、構造的な改革を放棄するための“逃げ道”になってはいないか。

このコラムでは、「外国人を入れれば解決する」という安易な幻想の危険性を、ビジネスの視点から徹底的に問い直す。

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日本人が働きたがらない職場──それはもう、事業として成立していない

企業が「人が集まらない」と嘆くとき、よく使われるのが「人手不足」という言葉だ。
だが、その言葉は便利なようでいて、実に都合がいい。

人がいないのではない。その職場で働きたいと思えない待遇や環境しか用意できていないだけだ。

たとえば、記事にあるバス運転手。
責任は重い。乗客の命を預かる仕事だ。運転技術、接客、クレーム対応、急病人の処置。
にもかかわらず、給与は高くなく、昇給幅も小さい。休みも不規則だ。

若者が「やりたがらない」のではない。選ばない理由がはっきりしているだけなのだ。
日本人が敬遠する職場を、「外国人ならやってくれるだろう」という考えは、経営が向き合うべき問題から目を背ける行為でしかない。

悪いのは外国人労働者ではない。彼らなしでは成立しないビジネスモデルの側にこそ問題がある
日本人がやりたがらないのかを見つめるべきであり、「外国人ならやってくれる」という前提は労働搾取的発想であり、また外国人労働力への警鐘を外国人差別だとするのは、経営力無能の自己正当化でもあるのだ。


■ 問題構造の整理表

課題段階企業の判断結果社会的帰結
人が集まらない賃上げ・労働環境改善を行わない応募が来ない・定着しない「日本人がやらない仕事」というレッテル化
解決策を誤る外国人労働者を安価に採用一時的に人手が埋まる経営体質の温存、賃金水準の固定化
長期的影響技術進化と雇用崩壊が重なる余剰人材(外国人含む)発生不法就労・文化摩擦・社会分断

安価な外国人労働力という“麻薬”に依存してしまった産業構造

  • 安く使えるからという理由で外国人に頼ると、待遇改善が永遠に起きない
  • 「どうせ外国人がやる」が常態化すると、賃金上昇の圧力が失われ、日本人の労働価値も下がる
  • これは日本人の労働市場を“構造的に貧しくする選択”

安価な外国人労働力に依存した瞬間から、日本の賃金水準と労働の尊厳は崩壊する。


技術代替の時代──“外国人でしか回らない”という嘘

企業が外国人を呼び込もうとしている間にも、技術革新は確実に進んでいる。

ロボットによる配膳、セルフオーダー端末、無人レジ、自動チェックイン、自動運転──
それらは「外国人が足りないから仕方なく」導入されたわけではない。
構造的な人手不足が恒常化する未来を見据えて先に進んでいるだけだ。

しかも、テクノロジーは文句を言わず、休まず、教育も不要。文化摩擦も治安問題も起こさない。
企業にとっての“理想の労働力”は、外国人ですらない。
人間そのものを不要にする仕組みである。


■ 業種別の省人化・自動化の進展と今後の見通し

業種従来の主な業務内容自動化・省人化の動向今後の見通し
飲食・接客オーダー受付・配膳・会計タッチパネル注文、配膳ロボット、セルフレジ完全セルフ化が進み、非対面型が標準に
交通・運送バス・トラック運転手、配達自動運転、ドローン配送、共同配送システムドライバー人材の需要は急減
建設・解体現場作業・重量作業・単純工程無人建機、3D設計・施工管理、重機の遠隔操作単純作業の大半は機械に置換される
小売・販売接客、レジ対応、棚補充無人店舗、電子棚札、セルフレジ“人がいない前提”で店舗設計が進む

その時、外国人はどうなるのか?──道義と治安のリスク

問題は、「いずれ仕事がなくなる」という予測に対して、それでも今、外国人を呼び寄せているという現実である。

彼らは「呼ばれたから来た」。仕事があると信じ、語学や文化への適応に努力し、技術を学び、日本で生活を築こうとした。
しかし、技術によって雇用がなくなったとき、企業は彼らに対して何の責任も負わないのか?
「もう用はないから帰ってくれ」という態度が通用するのか?

答えは否である。
彼らが帰れず、生活のために不法就労に流れれば、それは必然的に治安・摩擦・社会不安をもたらす。

企業が人手不足を理由に外国人を“呼んだ”という行為自体が、未来に対する債務となるのだ。


採用ではなく、構造を変えよ──「人が来なくても回る仕組み」こそが本質

「人手をどう確保するか」ではなく、
「人手がなくても事業を成立させる方法は何か」を考えるのが、これからの経営の本質である。

  • 省人化
  • 自動化
  • サービス水準の再定義
  • 価格設定の見直し
  • 少数精鋭化

これらは「贅沢な選択肢」ではない。生き残るための最低限の投資である。
できない企業から順に退場していくだけの話だ。


淘汰されることを恐れるな──それも市場の正義

外国人を入れてまで続けなければならない事業とは何か?
待遇改善もできず、構造も変えられず、社会的責任も取れない──
それなら、淘汰されるのは自然な流れだ。

淘汰とは失敗ではない。改革を拒んだ結果であり、マーケットの公正な評価である。


おわりに──“依存”は問題を先送りするだけ

外国人労働者は、敵ではない。
彼らを利用してでも構造を変えようとしない企業体質こそが、この国の未来を奪う。

呼ぶのは簡単だ。だが、呼んだあとの責任を負う覚悟がない企業は、
技術の進化に追い抜かれたとき、労働力ではなく“火種”を抱えることになる。

企業に問われているのは、「人が来ない理由」ではなく、「人が来たくなる設計」を行ってきたかどうかである。

そして、それでも変えられないというのなら、
潔く市場から去ることが、次の世代に対する最後の誠実さである。


「『日本人ファースト』で日本が失うのは今の生活水準」外国人ドライバー支援会社社長が警鐘 バス運転手不足で「このままだと路線維持できない」|AERA DIGITAL