外国人の低賃金労働が問題ではなく、産業の低賃金が問題なのだ(2025.10.24)

第1章:外国人雇用報道の違和感

「農林業で働く外国人の給与が低く、労働時間が長い」。
そうした報道を見て、読者の多くは「外国人労働者が搾取されている」と反応するかもしれない。だが、ここで一度立ち止まる必要がある。

本当に問題なのは“外国人であること”だろうか?実際には、農林業に関わらず、第一次産業、建築関係、エッセンシャルワーカーなどといった業界には日本人が集まらず、やむを得ず外国人に頼っているという構造がある。

つまり、外国人が“かわいそう”なのではなく、外国人しか来ないような労働環境が放置されていること自体が問題なのである。その業種に従事して満足な収入を得られていないのは、外国人労働者だけではない。
その点にフォーカスして、改善しなければ何も変わらないのだ。
元記事のように、「日本は外国人を搾取している」といった見せ方はフェアではないし、根本の解決にならない。

では、その環境はなぜ改善されないのか。話は、人事や労働市場の構造に及んでいく。

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第2章:人手競争なき市場では給与は上がらない

給料というものは「人手不足の中での競争」によってしか上がらない。企業が人を奪い合い、待遇を吊り上げ、賃金水準全体が引き上がる。その過程で、体力のない企業は淘汰され、労働者は人材獲得に勝ち残った同業他社や、あるいは他の成長産業に吸収される。
これが本来あるべき雇用のダイナミズムである。

日本ではこの自然な淘汰の流れが止められている。補助金や制度によって、本来必要な人材獲得競争に耐えられない企業すら延命され、競争が起きない。結果、給与も上がらない。
賃金上昇とは、保護の果実ではなく 競争の副産物であるべきなのだ。

健全な資本主義における賃金上昇は、以下のような循環によって成立する:

  • 給料は“人材の奪い合い=人手不足”によってしか上がらない
  • 奪い合いが起きれば、上げられない企業が淘汰される
  • 淘汰された結果、人材はより生産性の高い企業や産業へ移動する
  • これこそが本来の健全な資本主義の雇用循環である

ここを理解しなければ、永遠に「人件費を上げられない日本」が続くだろう。
事実、バブル崩壊後に「採用抑制=就職氷河期」「派遣雇用」「外国人労働力」など、その時々に様々に形を変えつつ、長らくそのような状態を続けてきたのが日本なのだ。


第3章:外国人労働が競争圧を消し去って低賃金に縛り付ける

この賃金上昇問題を複雑にしているのが、外国人労働者という“安価な労働力の供給口”が制度化されていることである。
本来、賃金を上げなければ人が集まらないはずの業界に対して、

  • 「安価な外国人を入れることで労働力は確保できる」

という抜け道が用意されている。
これは企業にとってはありがたい構造かもしれないが、本来国内の賃金水準が上昇するはずだった“圧力”を根本から消し去ってしまっている

結果として、外国人にとっても日本人にとっても労働条件は一向に改善されず、低賃金労働が制度的に固定されていく。
外国人労働者の待遇を議論するのであれば、「なぜその待遇が改善されない構造になっているか」まで踏み込まなければ、問題の核心には届かない。


第4章:本質は“外国人問題”ではなく“低付加価値モデル”の敗北

実際、世界には同じ業種でも、より高い賃金で成立している国がある。日本だけが特別に条件が厳しいわけではない。
以下に、例として各国の農業の取り組みを示す。

成立している理由
フランスAOP制度・ブランド化・価格転嫁
オランダICT化・輸出特化・高付加価値化
ニュージーランド牧草型効率モデル・輸出依存で利益確保

つまり、低賃金でなければ成り立たないという日本の構造は、「工夫不足」と「競争力の弱さ」を意味しているのである。

また、構造の違いは産業設計に如実に現れている。

国際競争で勝つ産業設計日本の一次産業の現実
価格を上げる価格を下げて消耗戦
ブランドをつくる規格統一で個性を潰す
生産性を高める労働時間で補う
産業で稼ぐ補助金で延命する
投資して回収既得権と分配で固定

このように見ていくと、問題は外国人の扱いではなく、そもそも“勝てる産業モデル”を構築してこなかったことに起因するのだ。


第5章:省人化技術や販路拡大への投資で構造改革を支援せよ

さらには、政府等からの補助金の使い方も、この構造問題に直結している。
近年の補助金政策は“雇用を守る”という名目で、人件費補填や外国人雇用の促進に充てられていることが多い。しかし本来、補助金は未来の持続性のためにこそ活用されるべきである。

その性質は以下のように明確に二極化している:

補助金のタイプ目的結果
✅ 進化型(良い補助金)技術革新・省人化・販路拡大・高付加価値化産業の競争力が上がり、人件費を上げられる体質になる
❌ 延命型(悪い補助金)赤字体質の延命、人手不足の“補充”、外国人依存低賃金産業が生き残り、市場賃金の底を引き下げ続ける

この違いは、補助金の目的と対象をどう設定するかにかかっている。

項目補助金本来の姿現状の日本の政策
補助金の目的社会インフラを“持続可能”にするための省人化雇用を維持するための延命とばら撒き
補助金の対象人手不足・低生産性・構造不良産業既に高付加価値の企業まで横並びで対象
外国人労働代替手段であり、本来は縮小すべき労働力確保の“前提”として制度化
目指す姿「人手がいなくても供給が成立する産業」「人を確保できないと成立しない産業」

補助金の行き先が延命か、進化か。それが賃金水準と産業の未来を決定づける。
では、どうするべきか?

外国人労働力に補助金を出すのではなく、省人化技術や、あるいは国内のみならず外国への販路拡大に対して、補助金を出すべきである。
ここで言う省人化技術とは、ただ人を減らすことを目的としたものではない。農林業や建設解体業、医療・介護、または物流などで指摘されている人手不足を「解決するための技術革新」を支援するためのものだ。

例えば技術への支援対象とすべきは:

対象産業技術投資の例
農林業スマート農業、ドローン管理、自動収穫機
建設・解体遠隔操作建機、自動施工技術
医療・介護介護ロボット、見守りAI、業務支援ツール
物流自動倉庫、配送ドローン、搬送ロボット

そして、ここで生まれた技術を海外へ展開し、投資を経済的にも国際的にも回収する循環モデルをつくる

投資 → 省人化技術 → 賃上げ可能な体質 → 海外輸出 → 投資回収

つまり、労働力減少下で「人がいなくても回る社会」こそ、国としての投資に値する未来である。


第6章:結論――日本は未来フェーズ思考が待ったなしだ

日本は、まだ「人手が足りないから人を入れよう」というフェーズにいる。
しかし、現在の日本に必要なのはすでに、
「人が足りなくなることを前提に、どう成り立たせるか」
という未来フェーズ思考なのだ。

今後の労働力減少が見込まれる以上、長期的に必要なのは「人手を増やす政策」ではなく、「人がいなくても社会を回すための政策」である。
だからこそ、

補助金は“ただ雇用を守る”ためではなく、“社会機能を守る”ために投じられるべきなのだ。
淘汰を恐れて延命し続けるのではなく、競争と技術によって生き残る構造を整える。

それが、

  • 賃金を上げ
  • 社会を持続させ
  • 国際的に信頼される未来

への道筋であり、労働者も「低賃金・長時間労働」といった現況から解放される手段である。

農林業の外国人労働者、給与少なく労働時間長い 雇用環境の改善急務(日本農業新聞