遠慮する管理職が7割の若手を潰すのは会社の支援が無いからだ(2026.6.5)

序章|そのマネジメント、合ってる?

ジェイックの調査で、20代正社員238人を対象とした結果、約7割もの若手が上司に対して「遠慮のない指導」を強く求めていることが明らかになった。
調査の詳細を見ると、「上司が遠慮している」と感じる場面のトップは「ミスや間違いを指摘するとき」(51.3%)。次いで「成長のための指導をするとき」「難易度の高い仕事を依頼するとき」と続き、人材育成の核心となる場面で上司が一歩引いている実態が浮き彫りになった。

若手からは「指摘されないまま成長が止まる」「遠回しすぎて本音が伝わらない」という切実な声が上がっている。
企業はハラスメント対策を強化するあまり、「守りのマネジメント」に大きく傾いた。声の大きい少数派のクレームやSNSリスクを過剰に恐れ、上司は誰に対しても安全圏内の無難な対応しかできなくなった。

その代償は大きい。若手は成長機会を失い、組織は生産性を落とし、離職リスクを高めている。
気を使いすぎるマネジメントは、本当に若手や組織を守っているのだろうか。
本コラムは、この根本的な疑問に正面から向き合う。

講座バナー

第1章上岡龍太郎のテレビ論

現役時代の上岡龍太郎氏がテレビについて語っていたことがある。

『視聴者がテレビ局に苦情を言っていくでしょ。「あんなやつ出すな」とか「こんなことするな」と。それで枠がどんどんどんどんできるんですね。
で、その枠ん中でしかテレビは作れないということになってくるんで、主婦向けには豪邸訪問、嫁姑、占い、芸能ニュースばかりになる。抗議が来んわけですよね。
すると抗議の来ない枠でだけやってるから、それはつまり、抗議してる人たちが番組を作っているわけです。』

「面白い」「楽しかった」「すごかった」「良かった」という意見だけでテレビ作っていけば、もっと枠は広がっていくはずなんです。
テレビ局に抗議したい人は、テレビを消すことによって抗議をする。それで、もっと良くしようという人だけが電話で意見をしていく。
そうすると、もっとテレビは変わっていくかもしれませんね。』

『「あれ面白かったからあれをもう少し喋らせてくれ」とかね。「あいつの物の言い方が好きだからあいつにもっと喋らせろ」と。
「面白い、好きだ、こんな風にしたら良くなる」という意見ばっかり集めていくと、枠がどんどん広がるんです。
逆に「あんなものやるな」「これはひどい」という人は全部消すことによって抗議して、自分たちの中に収めておくと。
これにするとテレビというのはもうちょっと面白なっていくと思うんですね。』

上岡氏が指摘したのは、「少数の抗議が大多数の満足を奪う」という本質的な構造そのものである。
40年近く前の指摘だ。この構図は現在でも職場のみならず社会にそのまま当てはまっている。
ハラスメントを叫ぶ一部の声が、成長を強く求める7割の若手を縛り、組織全体の可能性を狭めているのだ。


第2章事なかれ主義が助長されている

現在、多くの管理職は「寸分の誹りも受けない安全圏指導」を無意識に選んでいる。
ミスを指摘すれば「パワハラ」と言われないか、難しい仕事を振れば「負担が大きい」と不満が出ないか——そんな不安が先行し、本来必要な指導を避けるようになった。

その結果、若手は自分の弱点に気づけず成長速度が鈍る。
仕事の難易度が下がり、達成感や面白さが消えてしまう。
上司が本音を言ってくれないことに失望し、信頼関係が静かに崩れていく。
そして最終的に、エンゲージメントの低下、静かな退職、実際の離職という連鎖が起きる。
若手の7割が「もっと率直に指導してほしい」と明確に求めているにもかかわらず、事なかれ主義は広がり続けているのだ。

一方で、ハラスメント問題が社会的に敏感な時代、管理職が自己防衛に走る気持ちは理解できる。
しかし、それが大多数の若手を犠牲にし、組織の競争力を根本から削いでいるとしたら、もはや個人の問題ではなく、企業全体の病理である。


第3章心理的安全性は双方向性

心理的安全性とは、単なる「優しい雰囲気」でも「誰も傷つけない」でもない。「必要なことを、必要なときに、必要な形で伝え合える」という、健全なコミュニケーションの基盤そのもののことだ。
つまり、心理的安全性とは「風通し」である。
必要な指導を遠慮なく行い、部下が「違うと思う」という意見を返せる、双方向の関係だ。

現実には二つの失敗パターンが存在する。

パターン典型的な行動もたらす結果
高圧的一方通行「口答えするな」「言われた通りにやれ」部下の萎縮、恐怖、早期離職
過剰気遣いの一方通行ミスをスルー、難しい仕事を避ける成長停滞、エンゲージメント低下、静かな退職

「安全圏にいたいから必要なコミュニケーションを取らない」のは、業務放棄と言える。
一方、「厳しくすればいい」「遠慮なく言えばいい」と短絡的に受け取って、高圧的な一方通行に戻ることを避けなければならない。
そのバランスを取れることが、優れたマネジメントということだ。


第4章ホワイトハラスメントという違和感

近年「ホワイトハラスメント」という言葉が使われるようになったが、この表現には強い違和感を覚える。
善意の配慮まで「ハラスメント」と呼ぶことで、古来の強権的指導や会社都合の管理について免罪符を与えかねない。かえって建設的な議論を妨げる危険性がある。
本当の問題は、率直なコミュニケーションが失われることだ。これが若手の仕事意欲を削ぎ、静かな退職を増やし、最終的に実際の離職へとつながる。

では管理職は何を基準にすれば良いだろうか?
わかりやすく寄る辺を求めるとすれば、それは『法律』だろう。
イリーガルな指導や労働管理でなければ、行動やプロセスに対する率直な指摘は、管理職の重要な義務だからだ。

ホワイトハラスメントという曖昧な言葉で管理職を萎縮させるのは、組織にとって逆効果である。


第5章「学校が頼りにならない」現象と同じだ

このような病理は教育現場と完全に重なる。
親が学校に怒鳴り込んできたら、SNSで炎上されたらという恐怖が先行し、先生は問題行動のある生徒への指導を避けている。
その結果、学校側の「見て見ぬふり」が常態化し、DQNによる「やった者勝ち」の空気が広がる。
一方で、真面目で学びたい大多数の生徒は被害を受け、不満を溜めていく。
学校側は動かない。会社と同じ構造だ。

かつての学校における体罰や過度な指導への批判が強まった揺り戻しで、事なかれ主義が加速してしまった。
しかし、「見て見ぬふり」は、大多数の生徒に対する明確な不誠実だ。
もちろん、過ぎたる指導は害悪である。しかし、不作為もまた同等に害悪なのだ。

問題の本質は「やり方のチョイス」にある。
ただ感情的に叱るのではなく、事実を基に問題点を具体的に伝える。指摘と言い換えても良い。
これが建設的で、心理的安全性を保ちながら成長を促す正しい指導の形であり、先生の指導がこの形に則っている限りは学校や社会も責めるべきではない。


第6章会社は管理職に全ての責任を押し付けるな

実のところ、管理職は極めて厳しい板挟みに置かれている。
会社は同時に二つのことを管理職に要求する。

  • 「若手の離職を防げ」
  • 「しかし部下をしっかり育て、成果を出せ」

この二重責任を一人で背負わされ、優秀な管理職ほど精神的に消耗し、管理職離脱や転職を選択することになる。
そのままでは、組織の育成力が根本から崩壊してしまう。

会社は、このような管理職のリスクを正面から受け止めなければならない。
「どうしても順応できない一部の社員の離脱」は止むを得ないものとして、多目に見るべきだ。

  • 行動・プロセス中心のフィードバックを「ハラスメントではない」と明文化したガイドラインの策定
  • クレーム発生時の公正で迅速な検証体制の構築
  • 人事評価基準の見直し(離職率最優先から、部下の成長実感とチームパフォーマンス重視へ)
  • 定期的な匿名「風通し調査」の実施で社内の声をデータ化

これらの施策を会社が取り組むことで、管理職の適切な職務をバックアップする姿勢を明示する必要がある。


終章大多数のための誠実なマネジメントへ

日本は生産性に苦しんでいる。だからこそ、日本の企業は今、価値観を大きくシフトさせる必要がある。
「7割の成長意欲」を最優先に据えるのだ。

遠慮は優しさではない。大多数への不誠実である。
真の心理的安全性とは、上下間でも率直に必要なことを伝え合い、互いに成長を実感できる風通しの良い状態だ。

管理職が本気で若手に伴走し、会社がそれを制度的に支え、若手が伸びていく——この好循環こそが、企業が生き残るための唯一の道である。
守りのマネジメントを続けている限り、日本企業の人的資本は確実に蝕まれていく。
強権的な指導、管理に対する反省は怠ることなく、しかし『事なかれ主義マネジメント』は排除すべきだ。

やる気のある人が組織を動かしていく、それが正しい社会の在り方だろう。


元記事:若手の7割が「遠慮のない指導」を要望 ハラスメント回避の“守りのマネジメント”に懸念(ITmedia ビジネスオンライン