“在籍年数定年制”という提案--日本の雇用とキャリアに変革を(2025.4.30)

「45歳定年制」の真意と限界——キャリアの自律は一方通行では実現しない

近年、「45歳定年制」や「定年前退職」が話題に上がった際には、SNS上では大きな議論が巻き起こった。サントリー新浪剛史氏の発言や、宇宙飛行士・野口聡一氏のキャリア選択も、ある層には共感を呼びながら、別の層には激しい反発を生んだ。

こうした制度や発言の本来の狙いは、決して「中高年の排除」ではない。本質的には、キャリアを自ら設計し、会社に依存しない働き方へと社会を移行させることが目的だったはずだ。しかし現実には、それが伝わらないどころか、「45歳になったらお払い箱」「早く出て行け」というメッセージとして受け取られてしまっている。

なぜそんな齟齬が起こるのか?それは、日本社会がキャリアの分岐点に立ったとき、安心して“次の一歩”を踏み出せるだけの「土台」や「橋」が整備されていないからである。

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在籍年数で切るという視点の転換——「20年在籍定年制」の提案

そこで提案したいのが、「在籍年数定年制」という考え方だ。

これは、年齢ではなく“同一組織に何年属したか”を基準に定年を設けるという仕組みである。たとえば「最大20年在籍」を原則とすれば、20代で入社した人は40代、30代入社なら50代で一度区切りが訪れることになる。年齢ではなく期間に基づくため、年齢差別の印象を避けつつ、組織と個人の関係に自然な出口を与えることができる。

この仕組みの利点は以下の通りだ:

  • 年齢ではなく経験年数で判断するため、公平性がある
  • 終身雇用を前提とせず、キャリアの自律性を育てる
  • 「社内適応力」ではなく「職務遂行能力」を評価軸に転換しやすい
  • 人材流動性が高まり、労働市場全体の活性化につながる

つまり、「在籍年数定年制」は、雇用の在り方を見直すための現実的かつ柔軟な制度設計となりうるのだ。


早期定年だけが進んだ場合のリスク

この“次の展開”がないまま早期定年だけが進めば、結果として以下のような悲劇が起きるのは明白である:

  • 転職先がない中高年が大量発生する
  • 再就職は非正規か賃金水準の大幅ダウン
  • “早く辞めさせるだけ”の制度という社会不信
  • 企業内でも「長く貢献しても切られる」という士気低下

このような状況が現実となれば、「定年制度の再構築」が、労働者にとって恐怖の象徴となってしまう。


早期定年制を「希望ある仕組み」にするための前提条件

以下の要素が揃って初めて、早期定年制は“前向きな仕組み”として受け入れられる:

  • 転職市場の整備
    • 年齢にかかわらず“ジョブに応じた人材”として扱われる構造の確立
    • スキル可視化(職務経歴の信頼性、ジョブディスクリプションの共通言語化)
  • キャリア支援インフラの常設
    • 企業を出た後の学び直し(リスキリング)や職業訓練の社会的な仕組み
    • 民間だけでなく公的機関が関与する再設計
  • 企業の再受け入れ文化
    • 再雇用や業務委託、プロジェクト契約など“柔らかく戻れる仕組み”
    • 「一度辞めたら終わり」ではなく「一度出たら武者修行」の考え方
  • 労働文化の転換
    • 転職=ネガティブではなく、キャリア進化の一形態という認識の共有
    • 社会が「転職の空白期間」を責めない風土作り

つまり、早期定年の是非を議論する前に、本質的には“その後の人生をどう肯定的に支える社会か”という問いに、日本全体で向き合わねばならない。


制度→支援→文化——変革の三段階論

現実として、日本企業の多くは「自発的に変わること」はほとんどない。今のメンバーシップ型雇用は、経営側にとって極めて都合がよく、しかも“慣れている”からだ。

したがって、「早期定年→転職→次のキャリア」という健全な流れを社会に根付かせるには、個人の努力論や企業のモラル頼みではなく、法制度による後押し(=縛り)が不可欠である。


立法が必要な理由と想定される立法措置

  1. 労働市場の構造改革を義務づける
  • ジョブ型雇用導入に向けた段階的義務化
  • 職務記述書(Job Description)の整備を企業に義務づけ
  • 年齢差別の明示的禁止(中高年の転職ハードルを下げる)
  1. 雇用契約の“期間性”の導入
  • 「在籍年数定年制」の合法化・推進(例:20年定年+再契約制度の制度設計)
  • 定年再雇用のオプション設計(フルタイム・プロジェクト型等を企業に用意させる)
  1. 転職後の支援・学び直し制度
  • 国によるリスキリング助成の拡充(雇用保険+教育訓練給付の抜本強化)
  • キャリア移行を前提とした支援インフラ(職業紹介、キャリアコーチ、教育機関との連携)
  1. 法的インセンティブの設計
  • キャリア形成型雇用への法人税優遇
  • 転職者を積極採用する企業への補助金交付
  • 雇用の“出口”まで責任を持つことを求める仕組み(いわば“出口型雇用責任”)

「転職が当たり前」「キャリアは自分でつくる」が自然な社会になるためには、個人に自律を求めるだけでなく、それを支える法と制度の設計が裏打ちされなければならない。


「出ること」=敗北ではなく「進むこと」とみなせる社会へ

日本では、会社を辞めることに「敗北」のレッテルが貼られがちだ。しかしこれからの社会は、「組織から出ること」をポジティブに捉える構造へと転換すべきである。

在籍年数定年制は、その意識変革を制度面から後押しする枠組みになりうる。

  • 在籍期間が明示されることで、働く側も「次の一手」を戦略的に考えるようになる
  • 再雇用やプロ契約など、多様な関係性の再構築がしやすくなる
  • 企業も「何歳まで面倒を見るか」ではなく、「何年後に次の世代に引き継ぐか」という設計が可能になる

結び:制度の先にある“文化”の設計図としての定年改革

45歳定年制や定年前退職は、きっかけとしてのインパクトはあったが、誤解と反発も大きかった。

それに対し、「在籍年数定年制」は、制度と文化の中間にある“橋”として機能しうるものであり、日本社会の雇用改革を実現可能な形で促す可能性を秘めている。

変化には段階がある。焦らず、しかし着実に——制度、支援、文化をつなぐ「橋」を、いま設計しなければならない。

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