退職代行を使われる会社には本質的な理由がある(2025.5.21)

「迷惑です」では片づけられない現実

退職代行という存在に対し、「大迷惑だ」と憤る企業が増えている。引き継ぎができない、書類が揃わない、貸与品が返ってこない──その嘆きの多くは事実だろう。しかし、その感情の裏にあるのは、「直接話をせずに辞めるなんて非常識だ」という、人事担当者側の“常識”である。だがその“常識”こそが、退職代行を使われる会社に共通する特徴なのである。

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辞められるリスクは、もとから会社側にある

そもそも、退職代行がなければ社員が辞めない、というのは幻想でしかない。社員が会社を離れる理由は、職場環境・待遇・人間関係・評価制度など多岐にわたり、それらは退職代行が生まれる前から存在していた。代行は、単にその退職行為を“より実行しやすく”した手段にすぎない。

つまり、退職代行が使われるということは、すでに「辞めたい」という意思が固まっていたにもかかわらず、それを社内で正面から伝える余地がない、あるいは伝えたくないと感じる職場であるという証拠なのだ。


「言えない職場」にしているのは誰か

「人として筋を通してほしい」「恩を仇で返されたようだ」と嘆く企業の多くは、自らがその社員に“筋を通せる”環境を用意してこなかった事実を見ようとしない。上司と部下の関係が形式的で、相談や本音が出せる関係性が希薄なまま、人事部門もまた“信用できない窓口”として存在している。

加えて、「退職代行を使った人は採用しない」「不利益があることを周知すべきだ」といった発言が平然と出てくる企業では、もはや社員との対話は成立しない。これは抑圧の言葉であり、“最後の一線”を越えさせる力となってしまっている。


退職代行の普及が突きつける、日本的雇用観の崩壊

日本の雇用は長らく「育てること」が前提だった。採用した社員をゼロから教育し、組織文化に染め、長く働いてもらう──そうした考え方は、終身雇用・年功序列といった仕組みのなかで機能してきた。しかし、それは“裏切り”という言葉が生まれやすい構造でもある。

つまり、「育ててやったのに辞めるとは何事だ」という心理が、退職を極端に重く、情緒的なものにしてしまっているのだ。

一方で、欧米のようなジョブ型雇用はまったく異なる。必要なスキルを持つ人を採用し、職務が終われば次へ進む。採用は契約、退職も契約。ここには裏切りも、義理も、筋も存在しない。

退職代行の登場は、日本企業に「雇用を感情で捉えすぎてはいないか?」という問いを突きつけているとも言える。


退職される企業こそ、真に問われるべき存在

退職代行を使われた企業は、自社の何がそうさせたのかを見つめなければならない。

  • 退職の意思を伝えづらい空気がなかったか?
  • 上司が部下の声を黙殺していなかったか?
  • 人事部門は“告げ口される側”と思われていないか?

退職は、社員からの最終的なフィードバックでもある。それを単なる“迷惑”としか受け止められない企業に、構造改革は起こり得ない。


欧米の「辞め方」から学ぶこと──ジョブ型雇用との親和性

退職代行という現象が、日本的な雇用観に揺さぶりをかけているのは明らかだが、では欧米ではどうか。実は欧米の労働文化では「辞めること」に対する感情的なしがらみがほとんどない。

以下に、欧米と日本の退職に対する捉え方の違いを簡潔に比較する。

項目欧米(主に米・独・仏)日本型雇用
雇用形態ジョブ型(職務定義が明確)メンバーシップ型(役割が流動的)
採用の基準スキルと成果によるマッチング人柄やポテンシャル重視
辞職時の通告慣例2週間〜1ヶ月前の通知(形式的)引き止めや精神的圧力がかかる
退職理由の扱い「個人の選択」として尊重詳細説明・義理立てを求められがち
引き止め文化基本的に無い強く存在
契約・手続き意識契約関係として明確に処理感情や文化が優先されやすい
社内コミュニケーション上司やHRは対話の窓口として機能組織ヒエラルキーが優先

このように、欧米では「辞める自由」が制度的にも文化的にも保障されており、それがジョブ型雇用の土台となっている。

退職代行の拡大は、日本が感情依存型の雇用関係から脱却し、対等な労使関係への転換を迫られているサインでもある。企業側が今すべきことは、過剰な感情論を脱し、退職という現象に制度で応える体制を整えることだ。


退職代行は、雇用構造変革の圧力でもある

退職代行を“逃げ”と見る人もいる。だがその実態は、感情に訴えることもできず、制度の外から退職という意思を突きつける最後の手段である。

そしてこの構造は、実は日本企業にジョブ型的な契約意識を促す大きな圧力にもなっている。

  • 入社も契約、退職も契約。
  • 話せない職場では、外部サービスが補完するのは当然。
  • もはや「退職代行が来ることを前提に制度を整える」ことが必要なフェーズに入っている。

「整備しない会社」は、使われる側の常連となる

退職代行を拒否するのは構わないが、だからといって現実を見ないままでいいわけではない。

  • 退職者に物理的な返却・手続き手段を残す
  • 直接対話を避けたい人のために第三者窓口を設置する
  • 精算・保険・税務等の対応をデジタルで完結させる

こうした整備を「退職代行に屈した」と受け取る会社は、逆に“誠実さに欠ける企業”として敬遠されることになるだろう。


ただし、退職代行を常習的に使うことは“逃げ癖”にもなる

退職代行を認める立場であっても、誰もがそれを「常套手段」として繰り返し使ってよいとは思っていない。

  • 退職のたびに代行
  • あらゆる対話を回避
  • 職場での人間関係の清算能力が育たない

こうした状態に陥れば、その人自身が“雇われにくい人材”になってしまう。


まとめ:問われているのは、「話せる職場かどうか」

退職代行の是非を問う前に、企業も働く側も、自らに問いかけるべきことがある。

  • 会社は、辞めたいときに本音を言える場所か?
  • 人事は、退職希望者の声を尊重する窓口か?
  • 労働者は、退職を「交渉と対話」で乗り越える力を持っているか?

退職代行が使われること自体が問題なのではない。
それを使わざるを得ない環境にあることが、問題なのだ。

そしてその根幹にあるのは、「雇用を感情で語る日本の構造」そのものである。
退職代行の拡大は、その構造を静かに、しかし確実に突き崩しつつある。
企業がその波にどう向き合うか。そこにこそ、未来の雇用のあり方が問われている。


≪退職代行は大迷惑!≫人事部の本音に納得の理由 中途採用時には「今後は利用したか調べることにする」の声が多数 | 就職・転職 | 東洋経済オンライン