マネジャーの仕事は「辞めさせない」ことではない(2025.10.15)

序章|指摘の多くは正しい。しかし、言い方が間違っている

記事の「許せなかった“上司の言い方”ランキング」にあるように、SNSや記事のコメント欄にも、会社員がかけられた上司の言葉への不満が溢れている。その言葉の例をいくつか見てみると──

  • 前も言ったよね
  • 君の考え方は甘い
  • 常識的に考えて分かるでしょ

これらを冷静に見ると、指摘の中身(事実認識)自体は正しいことが多い
同じミスの再発は止めるべきだし、基準に満たないアウトプットは是正されるべきだ。
問題は、言葉のチョイスと使い方である。上記のフレーズは、受け手に「人格査定」「脅し」「見放し」として届きやすい。結果、正しい指摘が間違った伝達によって信頼を壊し、離職の引き金になる。

しかし、ここで勘違いしたくないのは、「なら何も言わないほうがいい」という結論ではないことだ。職務の維持には、厳密で公正なフィードバックが不可欠である。
マネジャーとして「何を守るのか」という優先順位の設定をする場合に、この記事のタイトルにあるような”若手の退職・転職を思いとどまらせる”ということを第一にしてはならないのだ。

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第1章|「辞めさせない」ことが目的になった職場

離職率が低いことは世間的に“良い会社”の証左とされがちだ。しかし、「辞めさせない」ことが目的化した瞬間、現場は急速に弱る。典型的な悪循環はこうだ。

  1. 問題行動や基準未達があっても、「辞められるよりは」と見逃す。
  2. 公平性が崩れ、まじめに成果を出す人ほど不満を持つ。
  3. 優秀層が先に辞め、現場の負荷がさらに上がる。
  4. 残った人員を守るために、基準を下げる。構造疲労の始まりだ。

離職は病ではなく、組織の自然現象である。にもかかわらず、数字だけを良く見せる“対症療法”に走ると、定着=停滞という逆説が生まれる。残ってほしい人が辞めてしまうリスクを背負う。
「辞めない人を増やす」ではなく、「機能する職場を保つ」ことがマネジャーとしては正しいのだ。


第2章|「辞めさせない」は目的ではなく、成果維持のための手段

「社員を辞めさせない」ことは”手段”であり”目的”では無い。 確かに多くの社員が辞めてしまうと、仕事が成り立たなくなる、という事実はあり、”手段”として辞めさせないほうが良いとは言える。 しかし、それが”目的”となり、職場として使えない社員を残すことで仕事に悪影響が出るようであれば本末転倒なのだ。
必要な人を辞めさせないとは、情ではなく職場の構造の話だ。

  • 評価基準を明確にし、努力と結果が結びつく設計にする。
  • 基準未達を有耶無耶にせず、再学習の仕組み(標準化・手順書・レビュー)を整える。
  • それでも適合しない場合は、配置転換円満離脱を選択する。

「去る」と「残す」を取捨選択して「機能する職場を保つ」ことが、マネジャーの役割だ。


第3章|マネジャーは“人生の伴走者”ではなく、“職務の設計者”である

日本の職場には、上司が「先生」や「保護者」の役割まで背負う文化が残る。「許されるのは今のうちだけだよ」「今辞めたら成長できない」などは、そのことを象徴する言葉だ。
だが、現代のマネジメントは違う。マネジャーは人を変える人ではない。人が働ける構造を設計する人だ。

マネジャーが担うべき領域(Do)と、担ってはいけない領域(Don’t)

領域マネジャーが担う(Do)マネジャーが担わない(Don’t)
目的/目標事業目標に整合した職務目標の設定個人の人生目標・価値観の誘導
構造役割設計/責任範囲の定義/プロセス標準化性格矯正・メンタル治療(専門へ委譲)
評価行動・成果に対する評価人格・性格の評価
支援スキル開発/再学習の環境私生活の幸福保証・交友の仲裁

部下への“関与の限定”は、責任放棄ではなく責任定義である。その目的は”仕事の達成”であり、それ以上のことにまで及ばないことが重要だ。無機質なようだが、それを誤ると記事のような”離職の原因”を押し付けられることになる。


第4章|人格評価と成果フィードバックを混同しない

「前も言ったよね」「考え方が甘い」。これらの言い手の意図は、”会社の求める基準現実のズレ”を是正したいだけだ。
だがこれは人格査定として相手に届いてしまう。
だからこそ、評価の対象を“行為”と”その結果”に限定して、伝え方を再設計する必要があるのだ。

フィードバックの三層モデル(F-E-A)

  1. Fact(事実):何が起きたか。観測可能な行動/成果。
  2. Effect(影響):チーム・顧客・納期への具体的影響。
  3. Action(行動提案):次に何をどうするか。合意できる改善策。

×「考え方が甘い」
「仕様の前提確認が不足し、納期1日遅延。次回は要件レビューをスプリント0に固定しよう」

×「前も言ったよね」
「手順3のテストが抜けた。チェックリストに追加し、Wレビューを導入しよう」

ポイントは、“犯罪者探し”ではなく“再発防止の設計”に焦点を移すことだ。さらに言えば、その設計は職場全体に通用することが望ましい。一人のエラーをデータとして蓄積し、今後の職場全体へのフィードバックとできることが最も有効だ。
そのためにも、感情でこれらの言葉をぶつけて、対応するべきではないのだ。


第5章|マネジャーの仕事は“すべてを背負う”ことではない

マネジャーに対して、無限責任的に部下の責任を取らせる会社はしばしば存在する。しかし、それは正しくない。
マネジャーが部下のすべての面倒を見る必要はない。必要なのは職場における成果を挙げるための仕事の管理であり、そのためには職務としての線引き、「私はどこまでの仕事をする」という宣言を行うべきだろう。

マネジャーの“宣言”が役割を明確にする

  • 私は、皆さんが成果を出せるよう、役割を明確にし、環境を整えます
  • 私は仕事の結果を評価します。性格や人生観は評価しません
  • 私は、メンタルや私生活の課題は専門と連携します。職場では公平性を守ります

このようなマネジャーの業務領域の宣言は、心理的安全性説明責任を同時に担保する。
さらに、企業としても任命基準・評価基準・介入禁止領域といった内容の「マネジャー職務定義」を制度化して、マネジャーの役割を明確にすべきだ。企業が制度として整えることで、マネジャー就任時と就任後のギャップを無くすことができる。


第6章|線を引く勇気──冷たさではなく、誠実さの証

マネジメントは、ときに“取捨選択”という冷たい仕事を伴う。だが、情より構造を優先することは、最も誠実な選択である。基準未達や実力不足を容認すれば、真面目にやる人、結果を出している人たちの不公平感が高まり、退職のリスクが上昇する。
「去る自由」と「残る責任」を整えてこそ、会社の成果を守れるのだ

1. 社員の取捨選択(適合性の見極め)

  • 残す:成果・姿勢・再学習意欲が基準に適合する人
  • 再配置:能力はあるが、現職務に適さない人
  • 送り出す:基準維持を歪めるほど不適合な人

2. 言葉と態度の取捨選択(伝達の設計)

  • 採用する言い方:Fact→Effect→Actionの順。人格に踏み込まない
  • 捨てる言い方:「常識」「みんなそう」「どこでも通用しない」といった主観的な表現や人格否定

3. 職務範囲の取捨選択(関与の限定)

  • 担う:目標設定/役割設計/評価/再学習環境の整備
  • 担わない:人生観・性格矯正・私的幸福の保証

マネジャーによるこの三つの取捨選択が噛み合って、初めて公正で強いチームを作ることができるようになる。


結章|マネジャーは“人を変える人”ではなく、“職場の仕組みを整える人”である

もう一度言う。
マネジャーの使命は「辞めさせない」ことではない。
“職場の仕組みを整える”ことだ。そのための取捨選択を行うことが、マネジャーとしての力量である。

その取捨選択には、社員の配置だけでなく、言葉の選び方、そして自らの職務範囲も含まれる。人格評価を捨て、成果フィードバックを磨く。情で人を縛らず、構造で人を守る。線を引く勇気は、冷たさではなく、最も人間的な誠実さである。

そのようなマネジャーの姿勢こそが、ともに働くチームメンバーの信頼を得て、持続的に結果を出せるチームを作ることできるようになる。


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