

■ なぜ優秀な人材が潰れていくのか?
「働き方改革」や「人的資本経営」といったキーワードが叫ばれる中でも、現場の実態はまるで逆行している。成果を出す人ほど負担を背負わされ、リターンは平均化。周囲との“平等”を優先するあまり、努力や能力が報われない組織構造が、静かに人材を潰し続けている。
これは霞が関に代表される官僚機構だけの話ではない。むしろ、それは「日本全体の組織に蔓延している病理」なのだ。

■ 霞が関に見る「エリート潰し」の構造
たとえば、国家公務員総合職。最難関の試験を突破し、志を持って入省した若手官僚たちは、次のような環境に置かれる。
- 深夜の国会待機
- 月80時間を超える残業
- 土日祝の呼び出し
- 常時プレッシャー下での政策作成
- 評価は横並び、昇進は年功
結果として、心身を壊し、辞めていく──。政府の統計でも、総合職の5人に1人が10年以内に離職している。国家公務員総合職という、常人では太刀打ちできないほどの能力を持った人材が、無為に使い潰されているのだ。彼らに環境を適切な環境を与えることができれば、破壊的な仕事をできるにも関わらず。
これは特殊事例ではない。むしろ霞が関のみならず、日本全体の象徴である。
■ 民間企業でも同じことが起きている
霞が関だけではなく、民間でも、同じ構造が目立つ。
- 成果を上げても昇給せず、「横並び」で処遇される
- 仕事ができる人に業務が集中し、他者は責任回避
- 年次や在籍年数が評価基準となり、若手の抜擢が起きにくい
この構造が長年続いた結果、日本全体が「頑張る人がバカを見る」環境になってしまっている。
■ 本来の組織は「利益を生む人材」に投資する仕組みであるべき
ここで一つの例えが有効だ。航空機の座席構造である。
【航空機と組織の対応構造】
| クラス | 航空業界での役割 | 組織における役割 | 投資・対応方針 |
|---|---|---|---|
| ファーストクラス | 利益の柱 | 圧倒的成果を出す中核人材 | 最大限の裁量・報酬・部下 |
| ビジネスクラス | 安定収益源 | 安定した成果を出す層 | 適切な育成・支援 |
| エコノミークラス | 損益トントンの土台 | 一般実務を支える層 | 維持的支援・定型管理 |
航空会社は、誰にどのようなサービスを提供するかを明示的に設計している。差別ではなく、ビジネスとしての最適設計である。
これを組織に応用すれば、成果を出す人材にリソースを集中するのは当然の戦略だ。
■ 平等の幻想が組織を腐らせる
日本社会では、「平等」であることが美徳とされすぎている。だがその“平等”は、実は幻想にすぎない。
「間違った平等」がもたらす弊害
- 成果に対する報酬が希薄化する
- 有能な人材のモチベーションが低下
- 実力のない人材が居座り、組織の代謝が止まる
- 若手が「抜擢されない社会」に絶望して流出
この結果、組織全体が「ぬるま湯の空気」に包まれ、競争も挑戦も起きない場へと変質する。
■ クラス制の導入は「差別」ではなく「合理」
ここで誤解してはならないのは、クラス分け=人間の序列ではないということだ。
クラス制と階級制の違い
| 項目 | 階級制(封建的) | クラス制(現代的) |
| 移動の可否 | 不可(生まれで決まる) | 可(実力と成果で変動) |
| 評価基準 | 血筋・在籍年数 | 能力・実績・貢献度 |
| モチベーション | 諦め・従属 | 挑戦・成長 |
| 組織の構造 | 固定・硬直 | 動的・柔軟 |
つまり、重要なのは「クラス間の流動性」である。
■ 人は交換可能な部品ではない──だが、“永遠の下っ端”は許されない
よく出てくる反論に「下っ端は部品か」という声がある。しかし、ここでの前提は違う。
- 誰もが最初はエコノミーから始まる
- だが、努力・成長・成果によってビジネスクラスにも、ファーストクラスにも行ける
- 逆に、努力しない者が居座ることを正当化してはならない
つまり、人間は部品ではないが、適正な“選別”は必要なのだ。
■ クラス制がもたらす“正しい競争”とは?
クラス制を導入すると、次のようなポジティブな循環が生まれる。
クラス制導入の効果
- 目標が明確化:「どうなれば昇格できるか」が見える
- 公正な評価:「何を見て評価されるのか」が可視化される
- 健全な競争:「足を引っ張る競争」ではなく、「成果で勝負する競争」が主流になる
- 若手の抜擢:成果主義が浸透すれば、若年層の上位進出も可能に
組織が成長するのは、「誰が上か」ではなく、「どうすれば上がれるか」が見える環境があるときだ。
■ 組織の役割は“仕組みそのもの”を整備すること
優秀な人材に業務を集めるだけでは、やがてその人は潰れる。
“できる人に業務が集中する”のではなく、“できる人が仕組みごと再設計できる”ような体制こそ理想である。
優秀な人材とは、チームの成果を最大化できる人であり、彼らが機能するためには、仕組みを整備する側の意思と設計思想が不可欠である。
組織の本質的な役割は、「人を働かせること」ではなく、「人が成果を出しやすい環境を設計すること」にある。
■ リソース配分の再設計が、社会と経済を蘇らせる
霞が関で優秀な官僚が潰れていくのは、国家レベルの逆配分の象徴にすぎない。この構造が放置されれば、企業も官庁も、教育現場も、すべてが「平等の名の下に沈む」社会になる。
誰に投資するべきか?
誰に裁量と責任を与えるべきか?
それを判断できる組織が、未来を握る。
■ 結論:公平ではなく、最適な“偏り”を設計せよ
組織が強くなる条件は、「全員に同じものを配ること」ではない。成果を出す人材に、見合う環境と報酬を与えること。それは差別ではなく、“戦略”であり、“尊重”であり、“敬意”のかたちである。
そして、
- 下の人間にも上を目指すチャンスがあること
- 上の人間にも降格の覚悟があること
──この双方向の流動性が担保されている限り、クラス制は健全に機能する。
優秀な人材にリソースを集中せよ。
それは冷たい合理ではなく、組織と社会を生かす最善の処方箋だ。
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